七月二十八日、防衛白書二〇〇〇年版が閣議報告、了承され、その概要が明らかになりました。
六月の歴史的な南北首脳会談を契機にアジアの緊張緩和の流れが大きく動き出す中での今年の防衛白書。作文する防衛官僚のうろたえぶりが目に浮かびます。今回初めての記述は「中国の弾道ミサイルが日本を射程に収めている」。中国が「脅威」として一大クローズアップです。
防衛白書のいう「脅威」が一体どのように位置づけられてきたか、少し振り返ってみることにしましよう。
防衛白書のいう「脅威」の変遷
一九七〇年代から八〇年代には、「ソ連の軍事力の脅威」が強調されました。今にも北海道へのソ連軍の侵攻やソ連の潜水艦・爆撃機による海上輸送路攻撃があるかのような危機あおりが横行しました。
八〇年代末からの欧州での緊張緩和、ソ連の崩壊にはさすがに困ったようです。白書は明確に「脅威」を描けぬまま、「アジアでは大きな変化がない。アジア地域の情勢は、不安定、不透明、不明確だ」「自衛隊は最低限の基盤的防衛力で、何かに対抗するものではない」と軍拡維持に汲々とします。
九四年にいたって白書は、ソ連に変わる「新しい脅威」を打ち出しました。前年の朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮と略)の「ノドンミサイル実験」を絶好の口実に、朝鮮の軍事力をくわしく記載。九五年には「東南アジア全域の安全保障に重大な不安定要因」と「北朝鮮の脅威」を強調し始めます。九八年の東北地方を飛び越えた「テポドン騒動」、九九年の「不審船事件」は、「新たな脅威づくり」には願ってもないものでした。朝鮮国内の食糧不足や経済困難を理由に、南への武力侵攻や日本への特殊部隊の攻撃があるかのような宣伝さえおこなわれます。
九九年の白書は、「北朝鮮の脅威」を強調して、危機感を煽ります。いわく、ここに「防衛力」の穴があり、これがすぐ必要だ。TMD(弾道ミサイル防衛)が、偵察衛星が、空中給油機が、有事法制の整備が…と。「北の脅威」は、まさに何でも引き出せる”打ち手の小槌”だったのです。
日本の軍事力こそアジアの脅威
さて、今年の白書は、朝鮮半島の南北首脳会談後に作成されています。対峙していた当事者が対話と協力を確認した以上、露骨な危機あおりは不可能です。もちろん「北の十万人の特殊部隊など、なお脅威が残る」(白書)と固執しているのは、それを口実に自らの特殊部隊と有事法制整備を一挙に進めたいからに他なりません。
とはいえ、もはや去年のようにはいかない。そこで苦しまぎれに飛びついたのが中国の「弾道ミサイル」や「海軍の海洋調査」というわけです。
膨張を続けてきた軍事費と自衛隊を支えた軍事的「脅威」は、その時その時のご都合で作られてきたものでしかありません。むしろ最新鋭の装備と世界二位の軍事費を持つ日本自衛隊が、アジア諸国にとっての現実の軍事的脅威です。
軍事的対抗ではなく、平和的対話と協力、信頼の醸成こそが必要です。それは、九〇年代はじめに欧州で、そして、今年朝鮮半島で証明されています。
井上 三佐夫
(平和と生活をむすぶ会)