2000年09月08日発行655号 ロゴ:なんでも診察室

【「脳に穴?」の非常識】

 「『十五歳少年犯』の脳に穴が開いていた!?」という見出しの記事が九月一日号の週刊ポストに載っていました。この見出しを見たとたん、精神科医・福島章氏の『子どもの脳が危ない』という本を思い出しました。案の定、福島氏も同誌のインタビューを受けていました。この本は環境ホルモンやテレビの内容など子どもに悪影響を与えているものに注意を呼びかけていますが、読者に強い印象を与えるのは殺人者の約五〇%の脳に形態異常が認められたという福島氏のデータです。

 そのデータから彼は以下の推論をしています。年間約千三百人の殺人者がいるからその半分を脳形態異常のある人が占めることになる。また、一般の人では脳ドックで検査を受けた人のうち一%しか形態異常を認めていないので、殺人者はその約五十倍の率になる。これらのデータから、七十年生きるとして脳に形態異常のある人は二十五人に一人が殺人者になる、と。しかし、この推論には大変な非常識があります。

 まず、脳ドックで、くも膜のう胞や梗塞などの形態異常が約一%発見されるという数字には疑問があります。報告によっては脳梗塞が一%のものもあるが、五〇%というものもあるくらいです。どの調査結果から一%を引き出したのか不明です。

 また、福島氏の集めた殺人者のデータは十年間に五十人です。十年間に殺人者が約一万三千人とすると、彼のデータは母集団の二百六十分の一に過ぎません。少数で母集団の比率を推察しようとすれば、偏りのないように調査対象者を抽出しなければなりません。ところが、その専門家の福島氏のところには形態異常を持つ人が偏って集められる可能性もあります。

 しかも、少数のCTやMRI検査をたんねんに見るのと比べ、脳ドックのように多数の人を見る場合には見逃しが多くなります。さらに、何を異常とみるかの基準も一致しているわけではありません。このようなデータを二百六十倍の母集団にそのまま当てはめることは、まったく医学的常識をはずしたものです。

 この推論に基づいて週刊ポストはこの少年の検査結果もわからないままに、「十五歳少年犯」が脳の形態異常者という印象を与えているのです。彼の推論は、医学的情報を警察などに集中して管理をしろというナチスばりの主張に利用されかねません。医学的に非常識なこのような推論がマスコミに氾濫しているので、十分な注意が必要です。

     (筆者は小児科医)

ホームページに戻る
Copyright FLAG of UNITY