2000年10月20日発行661号 ロゴ:なんでも診察室

【「カゼ薬の被害者」】

 シドニーオリンピックでルーマニアの体操選手ラドゥカンが、ドーピングのため金メダルを剥奪されました。オリンピックについてきているスポーツ専門医が、ドーピング検査に引っかかるプソイド・エフェドリン入りの「カゼ薬」を処方するものでしょうか?もしかしたら、この薬は体操競技に効果があるのではないかと思った読者もいるのでは。

 確かに、今年、オーストラリアのギルらは、自転車を漕ぐテストで、この薬が筋力を強めることを発表しています。実は、一九七二年にラドゥカンと同じ十六歳のアメリカの競泳選手リック・デモンもドーピングで金メダルを剥奪されています。この時の薬もエフェドリンなのです。

 ところが、この事件を検討したコロンビア大学のデ・メルスマンがエフェドリンは運動や精神生理に効果なしと発表し、マサチューセッツ大学のクラークソンも一九九七年までの研究を調べて、同様の結論を出しています。

 プソイド・エフェドリンに関しては、先のギルは筋力は高めても持続的運動能力への効果がないとし、アメリカのスワインや南アフリカのギリスも同様の報告をしており、体操競技によい効果をもたらすとは考えにくいようです。

 それでは、プソイド・エフェドリンがカゼに効くのでしょうか?このことにマスコミは何の疑問もはさんでいません。

 厳密な研究によれば、この薬のカゼに対する効果は、一回目の使用では鼻の通りをよくするが以後は効果がない、というものです。口が渇くなどの副作用も約一割出ます。他のカゼ薬の成分と同様、この薬もカゼを治すわけでも、たいして症状を緩和するわけでもないのです。短時間でも鼻づまりを何とかして、という場合は少量の薬液を鼻の穴につければ十分です。

 ラドゥカンにとっては、カゼ薬としての効果もないし競技への効果もないものを飲まされたあげく、金メダルを取り上げられ、踏んだり蹴ったりだったわけです。

 しかし、いわゆるカゼ薬の被害者はラドゥカンだけではありません。様々な副作用が報告されています。健康を「剥奪」されてはたまりません。どうしてもカゼ薬を使いたい方は、咳や痛みなど具体的な症状に合わせて単剤で使用すべきです。

     (筆者は小児科医)

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