2001年01月26日発行674号

【Q&A ジュゴン保護がめざすもの 豊かな海の生態系を守る】

沖縄のジュゴンは固有種

Q ジュゴンってどんな動物なの?

A ジュゴンは海牛目ジュゴン科に属する哺乳動物で、ゾウと同じ祖先から枝分かれをしたといわれています。アフリカやアメリカの川や河口にすむマナティは、同じ海牛目に属する仲間です。

 ジュゴンは、紅海からインド洋を経てオーストラリアに至る熱帯・亜熱帯の浅い水域に分布しています。生息数はおよそ十万頭と推定され、最大の生息地はオーストラリアといわれています。

 餌は、浅く温暖な海に生えるホウバアマモなどの海草(うみくさ)で、一日に二十五キロから三十キロの海草を食べるといわれます。

 その生態はまだよくわかっていませんが、陸から十キロ程度の範囲で生息しているといわれ、広く世界中を回遊してはいないようです。したがって、沖縄に生息しているジュゴンは、フィリピンやオーストラリアのジュゴンとは独立した固有の種であると推定されています。

餌場の破壊で絶滅寸前

Q 沖縄のジュゴンが絶滅しかかっているのはなぜ?

A かつて沖縄周辺には、ジュゴン漁が行われたほど、多くのジュゴンがいました。戦後も、ダイナマイトによってジュゴンを捕獲したという人々の話が残っています。その後、一九五五年に琉球政府が天然記念物に指定し、七二年の本土復帰に伴って日本政府も天然記念物に指定しました。それ以降、意図的な捕獲はなされなかったにもかかわらずジュゴンの個体数が減少しているのは、開発に伴う赤土の影響でサンゴ礁や海草藻場など海の生態系が破壊されたことや定置網や刺し網に誤ってかかってしまう事故などによるものと考えられています。

 現在では、ジュゴンの数は五十頭前後と推定されています。専門家からは、個体数が少なくなれば偶発的な原因がきっかけで絶滅することもあると指摘されていますが、昨年一年間で三頭も事故死しているのが確認されており、事態は切迫しています。

 ただでさえ絶滅しかかっている沖縄のジュゴンを一挙に絶滅に追い込みかねないのが、海兵隊新基地建設です。工法はいまだ決まっていませんが、辺野古沿岸に新基地が建設されれば、ジュゴンの餌場である海草藻場が破壊されることは必至です。九七年に海上基地案に基づいて“調査”した際、政府は「可能な限り藻を他の適当な海域へ移植する」と主張しましたが、米国では海草藻場の移植に失敗した例が報告されています。

人類の生存の危機を象徴

Q 沖縄のジュゴンの保護はなぜ必要?

A 「世界中に十万頭もジュゴンがいるのなら、沖縄のジュゴンがいなくなってもいいのでは?」と考える人もいるのではないでしょうか。

 もし数だけが問題ならば、そういう考えも成り立ちます。しかしオーストラリアにいるジュゴンと沖縄のジュゴンは同じジュゴン科に属してはいても、その成り立ちや生態に違いがあります。詳しく研究すれば、さまざまな異なる特徴を発見できるに違いありません。それは同じヒト科に属していても、アジア人とアフリカ人・欧米人では、肌の色や目の色・髪の毛などに違いがあるのと同じです。

 生物多様性の危機は、それぞれの地域に固有の種が絶滅するという形で進行します。各地域に固有の種は、周囲の生態系と共に、何万年という時間をかけて形成されてきたもので、それが絶滅した後で、他から移植しようとしてもうまくいくとは限りません。

 沖縄のジュゴンが絶滅の危機に瀕しているということは、沖縄の海における生態系が破壊されつつあるということであり、それはジュゴン以外の魚類や海草類などにもなんらかの異変が起きているということを意味しています。そして、ジュゴンが絶滅するような環境の中で、ひとり人類だけが生き延びることはできません。

 ジュゴンの危機は、沖縄の豊かな海そのものの危機、そして人類の生存の危機をも象徴しています。

 したがって、「ジュゴンを守る」といっても、それはジュゴンだけを水族館で飼育するといったことではなくて、ジュゴンのすむ生態系全体を保全しなければ意味がありません。

 日本に固有の希少生物とその生態系を保全していくことが、地球規模での生物多様性の保全に貢献することになるのです。

ジュゴン保護を迫られる政府

Q 日本政府の対応は?

A 七〇年ごろから、生物生態系を保全するための包括的条約を求める声が国際的に高まり、九二年の地球サミットで生物多様性条約ができました。

 日本においても七二年に自然環境保護法が、九二年には絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(種の保存法)が制定されました。

 しかし、自然環境保護法に基づく「原生自然環境保全地域」は、全国でわずか五地域(五千六百ヘクタール)、「自然環境保全地域」も十地域(二万一千六百ヘクタール)にすぎません。

 また種の保存法に基づく生息地等の保護区の指定も、ミヤコタナゴ生息地(栃木県大田原市)やベッコウトンボの生息地(鹿児島県薩摩郡)など数地区に限られており、極めて不十分です。

 日本のジュゴンがもはや沖縄本島の東海岸にしか生息していない現状を踏まえるなら、なにをおいても金武湾から辺野古にかけての一帯を保護地域に指定しなければならないはずです。しかし政府は、ジュゴンの捕獲を禁じる措置はとった(九三年に水産資源保護法に指定)ものの、保護地域の指定すらおこなっていません。とくに、辺野古沿岸が普天間基地の「移設」候補地に浮上してからは、かたくなに生息調査をすることさえ拒んできました。

 しかし、昨年十月の自然保護連合(IUCN)総会では、「ジュゴン保護のために最大限の努力を行う」ことを国際公約せざるを得ませんでした。またIUCN総会の勧告決議は日本政府に対し、ジュゴン・やんばる(山原)の希少生物の保全計画の作成と環境影響評価(アセスメント)の実施を求めています。日本でアセスメントというと、事業の実施を前提にしたアリバイづくりといったイメージが強いですが、米国では住民の参加や環境保護団体の参加が保障され、その事業を実施しないという代替案を検討することも義務づけられています。

 ところが、日本政府は地元の要望に応えると称して、勝手に「予備的調査」なるものを実施しました。ジュゴンの生態を調べ、その保護策を検討するのに、ジュゴン研究者が一人も参加しないような調査にどんな意味があるでしょうか。

 政府にIUCN総会勧告の履行を迫り、保全計画立案に向けて国内外の研究者やNGO・地元住民も参加した調査を実施させていかなければなりません。

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