2001年03月09日発行680号 ロゴ:なんでも診察室

【かん虫と「薬」】

 「母が、この子は『かん虫』だから、’ひやきようがん’を飲ませろと言うのですが、どうしましょう?」などと聞かれることがあります。「ひやきようがん」というのは、赤ちゃんの「夜泣き」や「かん(の)虫」に効くとされるものです。この種の「薬」は「救命丸」など、五十四種が発売されています。

そもそも、「夜泣き」や「かん虫」は病気ではなく、成長過程の現れか、子育てそのものや夫や姑など家族との関係で、母親などがイライラするところから来ると思っています。ですから、家庭的な問題や、「母」とは「義母」かどうかなどを総合的に考え、「飲ます必要はないです」「飲ましても、飲まさなくてもいいです」とか、冗談がわかりそうだと「そうですねー、お母さんが飲めば?」などとも言っていました。

 ところが、我が家の近くで、学童の父・母がいつも飲んでいる居酒屋でこの話をすると、美人ママが「私、ひやきようがんに助けられたんよ。二人目にかんの虫がついて眠られへん時、よく効いたわ」とのこと。そこで「効かへん」と言うだけではドクター林の名がすたると、薬の本をひも解きましたが、どうしても見つけだせません。

 そこで現物を見ることから始めようと、薬局に行って八百円を奮発して大発見。実は「ひや(樋屋)」というのは会社の名前で、「奇応丸」が薬の名前でした。説明文によれば、成分は牛黄、ジャ香、人参、熊胆、沈香の漢方です。牛黄以外はかん虫や夜泣きに効き、前三種はかぜ、前四種は下痢などに効くとのことです。おまけに、「Q&A」では「たくさん飲んで」も「大丈夫」としています。こういう何にでも効いて、副作用もないというのは、それだけで怪しいし、偉大な高橋晄正先生が、漢方はごく一部の例外を除いて効かないことを証明されています。

 だとしたら、美人ママをはじめ、多くのお母さんが代々使ってきた理由は何だったのでしょうか。それは、偽薬効果というものです。まるきり効かない「薬」でも、これでこの子のかん虫が治るのだ、と思って飲ませると、お母さんの気持ちが落ち着いて、治ったかに見えたり、本当に治ることがあります。喘息発作でさえ偽薬効果で何割かは治るのです。ですから、奇応丸などは、子育てに一定の役割を果たしてきたことは確かです。しかし、ますます孤立化する子育ての中で、これらの「薬」に子育て支援をまかせず、優しく支え合う地域を作りたいものです。

(筆者は小児科医)

ホームページに戻る
Copyright FLAG of UNITY