2001年05月4・11日合併号688号

【教科書採択があぶない / 地方議会を使った圧力形成 / 「つくる会」の採択戦略】

 文部科学省の検定が終わり、来春から使用される教科書は各地区での採択の段階に入った。戦争を美化する歴史・公民教科書を作成し、その普及をめざす「新しい歴史教科書をつくる会」は、採択を有利に進めるために各地で様々な策動をくり広げてきた。「つくる会」が推進する「国民運動」の実態をみていこう。

教科書採択の仕組み

 教科書は、編集・検定・採択という三つの段階を経て、子どもたちの手に届く。では、採択はどのような手続きで行われるのか。

 国立・私立の学校や高校の場合、教科書の採択は学校単位で行われる。これに対し、公立の小中学校では共同(広域)採択という制度が採られている。すなわち、都道府県の教育委員会が設定した三郡市程度の採択地区(現在、全国で五百四十三か所)で、科目ごとに一種類の教科書を採択するというもの。

 採択の実務は、教育委員会(複数の自治体にまたがる採択地区の場合は合同の協議会)が編成する「選定委員会」や「調査委員会」が行う。この会は校長や教員、学識者等で構成される。東京・中野区のように、選定委員を一般公募している地区もある。教科書はこの場で一〜二種類の採択候補に絞り込まれ、各教委が最終的な判断を下すというわけだ。

 採択に学校現場の意見がどう反映されるかというと、選定委員会等への代表参加のほかに、「学校票」という制度がある。東京二十三区では、各学校が使用を希望する教科書を一〜三位まで選び、区ごとに最も希望が多かった教科書を都教委が採択する制度が昨年度まで行われていた。

 統制色の強い現行の共同採択制度のもとで、「学校票」は現場教員の意見を最大限尊重するシステムとして機能していたと言えよう。

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抗議する韓国国会議員 click
写真:日本の国会前で抗議する韓国国会議員

 こうした教科書採択の手続きを「教育委員会の採択権を侵すもの」と攻撃する連中がある。ほかならぬ「新しい歴史教科書をつくる会」の面々だ。現場教員の意見が一定反映されるシステムの下では、自分たちの教科書は支持されないと考えているらしい。

 かつて、「日本を守る国民会議」の提唱で軍国主義賛美の高校教科書「新編日本史」が作られたことがあった。検定は何とかパスしたものの、アジア諸国から激しい批判を浴びた教科書を使用する学校は少なく、採択率は一%以下と低迷を続けた。

 この轍を踏んではならぬと「つくる会」は考えた。「作った教科書が『採択ゼロ』ならば、この運動は壮大な自己満足に終わる」(藤岡信勝・「つくる会」理事)からだ。

 そこで彼らは「採択戦」を有利に運ぶための策動を各地で展開してきた。そのひとつが、教科書採択の権限が教育委員会にあることを地方議会への質問・陳情・請願で確認するという戦略だ。これらの陳情や請願は、現在三十三道県議会、二百十六の市町村議会で採択されている。

 地方議会を使った圧力形成は、東京都や広島県が「学校票」制度を今年度から廃止するという具体的な「成果」となってあらわれている。「選定委員会」での絞り込みを禁止する通達を出した自治体もある(調布市など)。

 東京都の石原慎太郎知事は都内区市町村の教育委員約三百人を集め、「採択はみなさんの責任で行ってほしい。そうしないと国が滅ぶ」とぶちあげた(4/12)。事態はそこまで進行しているのだ。

選ぶ権利は市民に

 「つくる会」の採択活動は地域の保守層を巻き込む「国民運動」的なスタイルで行われている。その際のスローガンは「教科書の採択が市民の目の届かない密室で行われていいのか」というものだ。教科書を教員の都合で選ぶのはおかしいと言うのである。

 「つくる会」の言うように教科書の採択を教育委員会だけにゆだねてしまえば、「密室」の度合いは増すわけだから、彼らの主張は明らかに矛盾している。とはいえ、「現行の採択制度を守れ」と唱えるばかりでは、「つくる会」の主張に「正当性」を与えることになりかねない。

 教科書の採択は子どもの教育に直接かかわる問題である。そして、どのような教育を子どもに施すかはその国の方向性にかかわる事柄だから、国民ひとり一人の問題である。

 この観点からみると、「つくる会」教科書は到底容認できるものではない。次代を担う子どもたちに偏狭なナショナリズムを吹き込む教科書を与えるわけにはいかないし、歴史の歪曲に黙っていてはアジアの隣人との友好関係は築けないからだ。

 教科書の採択にあたって、平和な社会を求める市民、親や子ども、そして現場の教員の意見が十分に反映されるよう求めていく運動を地域から立ち上げること−−その広がりが「つくる会」教科書を採択させない力となる。(M)

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