2003年01月24日発行772号

【イラク・ルポ / 隠された戦争犯罪 / 〈第3回〉悪魔の仕業−劣化ウラン弾 / 未来を奪ったジェノサイド】

 湾岸戦争(一九九一年)時に米軍が使用した劣化ウラン弾(注)は、イラクに放射性物質をまき散らし、現在も子どもたちの健康を破壊している。イラク国際市民調査団(団長・ジャミーラ高橋さん)は、再び悪魔の弾頭を使わせないために各地の病院を見て回った。そこには小児ガンに苦しむ子どもたちと、なすすべのない親たちの怒りと悲しみが渦巻いていた。


激増したガン患者

 十二月十六日、イラク南部のバスラ市にあるサダム教育病院を訪れた。出迎えてくれたのは、ジョワード・アルアリ医師。昨年十一月、被曝治療の研修に来日した医師だ。

 病室をまわった。午後の面会時間にあたり、家族などのお見舞いでにぎやかだった。

白血病と末期ガンにおかされた子ども(12月17日・バスラ産科小児科病院)
写真:ベッドに横たわる女児

 「カラールくん、九歳です。一年前、脳腫瘍と判明しました。今日手術を終えたところで、まだ麻酔から完全に覚めていません」

 頭の包帯が痛々しい。手術では腫瘍を完全にとることはできなかった。心配そうに付き添う父親のアシューシュさん(50歳)だが、にこやかに接してくれた。国語が得意で、医者になるのが夢だと教えてくれた。

 バスラでは脳腫瘍も増えて来ている。ジョワード医師はガンについて新しい傾向が見られると解説した。家族に複数のガン患者を抱えたり、一人で複数の個所にガンができたりしている。先天性の奇形は通常の三倍。従来のパターンが変化し、若年層から高齢者まで年齢にかかわりなくガンが発生しているという。

 クウェート国境からバスラ市近郊にかけては、湾岸戦争時、退却するイラク軍の戦車・装甲車など約千両が、米英軍の攻撃で破壊されたところだ。軍用車ばかりでなく自家用車やトラックの残骸が累々と続く「死のハイウェー」といわれた。戦車の一二〇ミリ砲や戦闘機の三〇ミリ機関砲から、劣化ウラン弾が十万発以上発射された。使用された劣化ウランは全体で三百トンとも七百トンとも言われている。

 だが、米軍は使用実態を明らかにしていない。

やせ細った子ども

脳腫瘍で横たわる息子に付き添う父親(12月16日・サダム教育病院)
写真:頭に包帯を巻きベッドに横たわる男児と寄り添うように腰掛け男児の頭に手を添える父親

 次の日、バスラ産科小児科病院に出向いた。新生児や子どもの患者が多い。通された部屋には、この病院で産まれた先天性奇形児の写真が沢山保存されていた。あまりの悲惨な姿に、「こんな犯罪は裁かなければ」とジャミーラさんが怒りを込めて言った。

 今回は、直接新生児に会うことはできなかったが、小児病棟には、ガンで苦しむ子どもたちがいた。

 「アリくん五歳。一年前から症状が出た。急性白血病です」。案内役のカーミル医師は説明する。「少しよくなっていますが、必要な薬がそろわず、投薬計画が立ちません。必要な段階をいくつかとばさざるを得ません」と嘆く。

 経済制裁の影響で、抗ガン剤や抗生物質など必要な種類と量がそろわない。薬さえあれば良くなる子どもたちがたくさんいる。そんな無念さが、伝わってくる。

 母親と姉に付き添われてベッドに横になっているシェヘドちゃん(5歳)。母親がそっと掛け物をとった。骨と関節の形がわかるほどやせ細った足がみえた。腹部は大きく膨れあがっていた。腹水がたまっているのだろう。白血病。そして末期ガンだという。

 シェヘドちゃんは、母親が掛け物に手を伸ばすと顔をゆがめて泣き叫んだ。悲鳴に近いものだった。自分の姿を見られるのをいやがったのだろう。思わずカメラをおろして、「もうそれで、そっと。そっと」と母親に伝えるのが精いっぱいだった。

 これまで見た子どもたちはほとんどが、年齢は十歳前後までだった。湾岸戦争以後に生まれた子どもたちばかりだ。劣化ウランの被害は世代をわたって及んでいく。

 だが、子どもたちを追い込んでいるのは放射能汚染によるものだけではなかった。経済制裁が病状に追い打ちをかけている。

経済制裁が追い打ち

 全国から重症者や困難症例が集まるバグダッドのマンスール教育小児科病院では、一般病棟も見てまわった。普通なら軽い下痢でおさまるようなものが、衛生状態が悪く命取りになる。喘息も薬がなく大病となってしまう。絶滅したはずの狂犬病や肺結核のような病気があわられている。

 いっしょに病室を回ったイハブ・ラッド医師は激しい口調で語った。

窮状を訴える母親(12月15日・マンスール教育小児科病院)
写真:治療の副作用のためと思われる頭部が脱毛したこの手をとり、訴える黒衣の母親

 「脳や体の器官を形成する大切な時期に、経済制裁で十分栄養もとれず、免疫力が低下している。こうした子どもたちが親になって、また次代の子どもにも影響を与える。これは犯罪だと思う」

 湾岸戦争の戦犯法廷で、すでにラムゼー・クラーク米元司法長官は「ジェノサイド(集団虐殺)」だと指摘している。

 戦争後十二年間、イラクの子どもたちは汚染にさらされてきた。放射能汚染に加え、栄養や衛生状態の悪い環境を強いられてきた。この間の死者は百万人の単位にもなる。

 マンスール病院の見学を終えた玄関口。子どもの手をひいた母親が市民調査団に向かって訴えた。「手術代や薬代がとても負担になっている。あなたたちは写真だけとって、何もしてくれない。何も変わらない」。子どもの頭髪は抜けていた。母親の目から涙があふれ、手にした薬ビンは震えていた。

 この戦争犯罪を知らせること。再び攻撃をさせない世論を作ること。答えはそれしかない。       (T)

(注)劣化ウラン弾

 核廃棄物とされてきたウラン238を弾頭に使用し、貫通力をたかめたもの。劣化ウランは、原爆や原発に使用されるウラン235と比べ核分裂速度が遅いが、放射性物質。重金属障害も引きおこす。

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