ロゴ:いまイラク現地は ミサイルに狙われる人々 2003年03月21日発行780号

街角で出会った人々 / この写真を届けたい

 米国はイラク爆撃にむけ多数派工作に必死だ。身勝手な米国に命を狙われるイラクの人々はどんな思いで日々の生活を送っているのか。バグダッドの街を歩いてみた。


 「ミスター、タクシーか」。

ホテルの前で車を洗っていた運転手が声を掛けてきた。「サダム・シティーへ行きたい」。シティーとは言っても、バグダッド市内。中心地から五、六キロ東に行った一地区だ。イスラム教徒の中でもシーア派と呼ばれる人たちが多く住むという。政権をとっているスンニ派からは冷遇され、貧困層が暮らしていると聞いていた。その実態を見てみたかった。

記念撮影のために集まったファイールさん一家(2月27日・バグダッド市内)
写真:

 だが、運転手の反応がどうも鈍い。タクシーも行きたくないほどの所かと一瞬迷った。一人で大丈夫かと不安がよぎった。

 サダム・シティーは最近の呼び名だと言われたのを思い出した。「サウラ地区」「OK」。今度は通じた。イスラムでは休日にあたる金曜日の午後。車は相変わらず多い。

写真をねだる子ら

 「ここがサダム・シティーさ」。道路標識には英文も記されている。確かにそう書いてある。だが思い描いた街の風景とは明らかに違う。狭い路地が迷路のように走るごみごみした街だろうと思いこんでいた。

 ところが計画的につくられた整然とした区画が目に飛び込んできた。幅百メートル近い道路が交差している。交差点の広場でタクシーを降りた。きっとこの通りから入り込んだ所はそうだと自分の思い込みを残しながら歩き始めた。

 道路の真ん中は空き地になっている。サッカーに興じるのは高校生だろうか。「ヘイ、ミスター」と声を掛けられた。「スーラ、スーラ」。写真の催促だ。あちこちから声がかる。手製のサッカーゲーム盤で遊んでいた子どもたちと一緒に並んでもらった。

 交差点には露天の店が出ていた。果物や野菜などを積み上げている。だが、空き屋台も多かった。金曜日のせいだろうか。朝市なのかもしれない。さびれた感じがした。店番に年配の女性が目に付いた。黒いアバーヤに身を包んでいる。あご先に入れ墨が見える。写真を撮ろうとしたら断られた。恥ずかしそうに断る人もいれば、怒ったような表情になる人もいた。数人の女性が応じてくれた。周りから冷やかされていた。

「茶を飲んでいけ」

 ある家の庭先で写真を撮っていた。家主が出てきた。茶を飲んでいけと誘われた。部屋の壁に掛かった絵画や写真の説明を受けたがわからなかった。フセイン大統領の写真はなかった。ほとんど英語は通じない。持参したアラビア語会話のポケットブックを取り出して、身ぶり手振りのひとときだった。

手製のサッカー盤で遊ぶ少年たち
写真:

 ファイールさん三十四歳。隣のジャミーラ地区で喫茶店を経営している。三世代が同居している。五十五歳のおじいさんは「ミスター・ケリー」だと英語風の名前を繰り返し笑った。八十歳になる大おばあさんは顔や手に入れた化粧墨も見せてくれた。一家の記念写真を撮った。顔を見せた奥さんは、恥ずかしがって加わらなかった。

 写真を送ってほしいといわれ、住所を書いてもらった。どれくらいの期間がかかるかわからない。その間にもし米軍の攻撃が始まれば…。この写真をぜひとも一家の元に届けたい。一か月、二か月、かかってもいいと思った。

 日本の外務省は海外安全ホームページをつくっている。そこに「首都バグダッド市内の貧困層が多く居住する地域(サッダーム・シティ地区など)……このような地域近辺には絶対近寄らないように」と注意書きを載せているのを知った。米軍の攻撃を支持する数少ない国・日本。イラクの人々をおとしめても恥じない姿にあらためて怒りが湧いた。      (続く)

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