2003年07月04日発行795号

ODA(政府開発援助)を問うコトパンジャン・ダム訴訟 / いよいよ7月3日第1回口頭弁論

【支援する会副代表 村井吉敬さんに聞く / 戦争を支える日本の「援助」】

 日本のODA(政府開発援助)を問う初めての裁判、インドネシア・コトパンジャン・ダム訴訟(注)の第一回口頭弁論が七月三日、東京地裁で開かれる。おりしもスマトラ島のアチェ(注)で軍の作戦が拡大するなど現地の情勢が緊迫している今、裁判を支援する意義についてコトパンジャン・ダム被害者住民を支援する会副代表の村井吉敬上智大学教授に聞いた。


アチェ情勢と裁判

◆インドネシア情勢が緊迫していますが。

 インドネシア政府は六月十九日、アチェ(ナングロ・アチェ・ダルサラム)州を事実上の戒厳令下に置き、自由アチェ運動(GAM)掃討に乗り出しました。連日多くの民間人犠牲者が出ています。

村井吉敬(むらい・よしのり)さん 1943年生まれ。現上智大学教授。著書に『エビと日本人』など。
写真:両腕を組み笑いかける村井さんの顔写真

 アチェは天然ガスという富の根っこを中央政府に押えられてきました。現在中央政府は「特別自治」を与えると言っていますが、アチェの人々にしてみれば不信感がありますから、まずその具体策を示すべきで、戒厳令を敷いて軍で攻め立てるというやり方は全く逆行したものです。

 アチェだけではなくカリマンタンやスラウェシなどでも血が流れています。民族紛争とか宗教紛争と言われますが、イスラム教徒とキリスト教徒がいるからというのだったら、なぜこの時期に急にこうなったのかがわからない。

 そう考えると、あえて軍が、あるいは軍があやつる暴力集団といったものが火をつけている。それで自分たちが鎮圧に乗り出して、やっぱり軍が必要だと見せるために紛争を起している。あらゆる紛争の陰に軍が存在しています。

 スハルトが退陣して以降、一定程度民主化は進んできました。国会の四分の一を占めていたこともある軍の議席が来年にはゼロになることが決まっている。あせった軍が巻き返しに出て、現メガワティ政権が乗っかろうとしているのではないかと思います。

軍事戦略と一体

◆コトパンジャン・ダム訴訟 に与える影響は。

 現在直接にはないようです。ただ、民主化の流れの中で声を上げた原告に対して、「お上を告発するような住民はけしからん」とじわじわと圧力が加わってくる可能性はある。

写真:地図
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コトパンジャン・ダム

 九六年、インドネシアのスマトラ島中部に日本のODAで建設された。およそ五千世帯、二万三千人が家や農地を奪われた。〇二年、被害者住民は日本政府などを相手取って原状回復と損害賠償を求めて東京地裁に提訴。原告は約八千四百人にのぼり、さらにスマトラ象などの自然生態系も原告に加わっている。

アチェ

 インドネシア最西北端にある特別州。歴史的に独立国家を形成していた。戦後、特別な自治権を与えることを条件にインドネシアの一部となった。天然ガスの収入は中央政府に吸い上げられ続けている。独立運動が盛んに展開され、この五年間で五千人の犠牲者が出たといわれる。

 それと、いかに民主化が進んだと言っても、警察や検察、裁判所などに公正な裁判が期待できるかと言ったら、とても現地で勝てる可能性はありません。だからこそ、日本で提訴したわけです。

 そういう意味で、支援を日本から広げる必要があると思います。

◆日本政府の言う「ODA改革」の狙いは。

 昨年春、外務大臣の私的諮問機関である第二次ODA改革懇談会がODAを国家戦略に位置づけよという最終答申を出しました。それに基づいて外務大臣を議長にODA総合戦略会議が発足しています。

 その中で「平和の構築」「平和の定着」「戦後復興・開発支援」といったことが柱になろうとしている。イラクを考えればわかるように、現に戦争や紛争が起こっている地域にODAをぶちこんで「平和の構築だ」と言ったところでアメリカの軍事作戦を支援するのと何も変わりません。

 米軍が最前線で作戦をやって、いわば「後方の前方」に自衛隊が出ていく。「後方の後方」はODAでやる。詭弁もいいところで、戦争に前方も後方もないことは誰でも知っていることです。

 これまではまがりなりにもODAは軍事には足を踏み出さないという歯止めがあったのですが、有事立法や今回のイラク新法と組み合わせることではっきりとODAが軍事戦略に傾斜しようとしている。今度イラクに自衛隊が出て行けば人が死ぬことになります。憲法もないような状態です。

地球市民の連帯を

◆ODAを問う裁判を支援する意義は。

 一つの国に持続的・重点的にODAをつぎ込むと完全に依存体質が出来上がります。その典型がインドネシアです。

東京地裁に提訴した際の原告団(2002年9月5日)
写真:横断幕を広げお揃いのTシャツでアピールする原告と支援者

 インドネシアの開発予算は、大きい時期には五割が外国の援助でまかなわれました。その三割から四割を出した日本のODAがなければスハルトの権力もあれほど強固だったかどうか。

 インドネシアはこの年末にIMF(国際通貨基金)からの支援が打ち切られますが、日本に肩代わりを求めています。IMFはアメリカそのものと考えられる。アメリカは戦争ばかりやって金がなくなり始めている。その分、日本がアジアで肩代わりをしようというわけで、日本の役割がますます重要になっています。

 一人の人間として、あるいは地球市民として抑圧や貧困、暴行や殺戮といった事態にどう向かい合うかが問われていると思う。しかも、起きている事態に私たちは無関係ではないし、特にインドネシアについてはODAを通じてかなり直接に関与している。

 ODA改革懇談会の最終答申は「日本人の心を動員して援助しよう」と強調して、難民支援や青年協力隊などを利用しようとしている。そのようなナショナリズムに注意を払う必要があると思います。

 例えば、拉致問題です。「日本人を取り返せ」みたいにいうから話がおかしくなる。家族の苦しさや悲惨さはある。拉致した側がけしからんというのも当然です。同時に、日本が植民地時代や戦争で拉致した何万、何十万という人たちに対する思いを本当に共有してきたのか。「従軍慰安婦」が名乗り出たときに、なぜ同じように声を上げなかったのか。そういう意見がまったく言えない状況は異様です。

 今、インドネシアにしてもパレスチナにしても私たちの周りにはやるべきことはたくさんあります。国境とか、国家というものに幻想を持つな、と言いたいのです。そういう意味で、イラク反戦運動で増えてきた若い人たちの新しい感覚が運動の前面に出てきてほしい。

◆ありがとうございました。

      (六月十八日)

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