ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2004年02月20日発行827号

第41回『ジャン・ピクテの人道法原則(2)』

 ピクテは1955年に『赤十字の諸原則』を出版したが、その内容はかなり専門的であった。その後、1965年に赤十字国際会議は簡潔な諸原則をまとめて、「赤十字の基本原則」を採択した。これを受けてピクテは1979年に『赤十字の基本原則解説』を著した。さらに、1982年にストラスブール大学で国際人権学会が主催した人道法講座で行った講義をもとに、1983年に『国際人道法の発展と諸原則』を出版した(ピクテ(井上忠男訳)『国際人道法の発展と諸原則』(日本赤十字社、2000年))。本書も専門書ではあるが、一般の人にも理解できるように平明な表現で簡潔に国際人道法を概説している。

国際人道法は、1990年代の旧ユーゴスラヴィア国際刑事裁判所規程、ルワンダ国際刑事裁判所規程、国際刑事裁判所規程によって劇的な変容を遂げたが、基本的諸原則に変更が施されたわけではないから、本書は今日でも国際人道法について学ぶためのテキストとして有益である。最近続々と出版されている国際刑事裁判所に関連する資料集や研究書は、1冊で1000頁を超えるような分厚い著作が目立つが、本書は170頁ほどであり、手に取りやすい。

 ピクテは、最初に国際人道法に関する基本的な考え方を解説している。

1)国際人道法の目的は、敵対行為を制限し、その苦痛を軽減することにある。

 国際人道法は国際法の一部であるが、人道という理念に由来するものであり、戦時において個人を保護することが目的となる。かつての「戦時国際法」がそのまま国際人道法になったわけではない。戦時国際法のうち、人道理念にふさわしい諸原則が引用され、発展させられるのである。

 ピクテが初めて人道法という用語を提案したとき、法的概念と道徳的概念が混同されているという指摘があったという。確かに、国際人道法は道徳(人道的関心)を国際法に転換したものであるが、単に混同したのではない。

2)ジュネーヴ法、あるいは人道法は、戦闘外にある軍隊の構成員や、敵対行為に参加しないその他の人々を保護するためにある。

 赤十字国際委員会の発案と努力で形成されてきたもので、古くは1864年や1929年のジュネーヴ条約があるが、今日では1949年の4つのジュネーヴ諸条約、1977年の2つの追加議定書がジュネーヴ法と呼ばれる。約600条に及ぶ法体系である。武力紛争時において人々を保護する規範を法典化したものである。

3)戦争法とも呼ばれるハーグ法は、作戦行動中の交戦者の義務と権利を規定し、敵に危害を加える手段の選択を制限する。

 1899年のハーグ会議及び1907年のハーグ会議で採択されたハーグ条約を基本とする、戦闘行為を規制する法体系である。ここでは軍事的必要性や国家の維持が前提となっている。初期のハーグ法の一部はジュネーヴ法に移行され、人道的な観点で共通するという意味で合流するようになってきた。

4)国際人道法と人権法の関係を簡潔に言えば、人権法の目的は個人に対し、あらゆる場合において基本的人権と自由の享受を保障し、社会的な害悪から個人を保護することにある。

 人道法と人権法は、成文法としては別個の起源をもち、それぞれ発展してきたが、思想史的には、同じ歴史的、哲学的な起源を持っている。どちらも人間を不正な暴力から守るために生まれたものであり、密接な関係にあるが、別々のものであり、相互に補完しあう。両者を包括する総称として「人間法」と言うこともできる。

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