ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2004年03月05日発行829号

『ジャン・ピクテの人道法原則(4)』

 ピクテは、国際人道法に共通の諸原則に加えて、紛争犠牲者の保護に特有の原則と戦争法に特有の諸原則を整理している。

 紛争犠牲者の保護に特有の原則は、ジュネーヴ法に含まれている。

 第1は「中立の原則」である。1864年のジュネーヴ条約以来繰り返し確認されてきた原則で、人道的な援助は紛争への介入ではないことを明らかにし、赤十字の活動を促進する。従って、衛生要員は、医療従事者として保護を与えられ、その保護と引き替えにいかなる敵対行為も行ってはならないとされる。いかなる者も、患者やその家族の利益に反して、治療や傷病者に関する情報を提供するよう強制されてはならず、傷病者を治療したことにより責任を問われたり、有罪とされることはない。

 第2は「常態の原則」である。被保護者は、できる限り通常の生活を営むことができなければならず、戦時の拘束は処罰ではなく、敵に害敵行為をさせないための手段である。従って、戦闘終了次第、捕虜はできるだけ早く解放しなければならない。

 第3は「保護の原則」であり、国家は自国の権力内にあるものの保護を保障しなければならない。捕虜は、それを捉えた軍隊の権力内ではなく、その国家の権力内におかれる。敵対当事国は、保護すべき者の健康状態の維持に責任を負う。紛争犠牲者は、本来の保護者を得られない場合は国際的な保護を与えられる。赤十字国際委員会による訪問と面会がこれに対応する。

 戦争法に特有の諸原則は、1977年の追加議定書によって整備された。

 第1は「人的制限の原則」である。一般住民及び個々の文民は、軍事行動から生じる危険に対して一般的保護を享有するとされる。紛争当事者は文民と戦闘員を区別しなければならず、一般住民は攻撃対象にしてはならず、一般住民の恐怖を煽ることを主目的とする暴力行為は禁止される。文民保護のためにあらゆる可能な措置をとらなければならない。軍隊構成員だけが敵を攻撃し、抵抗する権利を有する。

 第2は「物的制限の原則」であり、軍事目標中心主義である。無防守地域攻撃の禁止。科学・慈善施設や歴史的遺産等への攻撃禁止。ダム、堤防、原子力発電所のような施設攻撃の禁止。軍事目標を攻撃から保護するための文民利用の禁止。民間物攻撃禁止、特に一般住民や生存に不可欠な施設攻撃の禁止。略奪の禁止。

 第3は「状態の制限の原則」であり、不必要な苦痛を生じさせる性質の戦闘方法の禁止である。無差別攻撃の禁止。均衡性の原則(期待される軍事的利益に比べて、文民に過度に損害を及ぼす攻撃の禁止)。自然環境保護の配慮。戦闘方法としての飢餓戦術の禁止。背信に訴える戦闘方法(例えばブービートラップ)の禁止。

 現代国際法は、集団安全保障体制を基礎に、自衛権以外の武力行使を制限している。それでも実際には武力行使が行われるから、様々な人道法原則によって規制を加えているのである。国際人道法は戦争を全面否定してはいないが、国際人道法を厳守すれば実際には戦争は不可能になるとも言われるほどである。ピクテが描き出した人道法は、戦争の現実や国家の論理を超えて、戦争そのものの否定の一歩手前に到達したといえよう。

(「国際法を市民の手に」は今回をもっていったん休載します―編集部)

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