田中真紀子元外務大臣の長女をめぐる報道について『週刊文春』に対し、東京地裁は3月16日に出版差し止めの仮処分命令を出した。『文春』側は、仮処分に対して異議を申し立てたものの、同地裁・大橋寛明裁判長は「出版差し止めは妥当」とした。
事前検閲に等しい全く異例のこの出版差し止め命令は、憲法に定められた表現の自由を踏みにじるものであり、権力がなりふりかまわぬ情報統制で戦時体制作りを急いでいることを物語る。
「プライバシー」は口実
東京地裁の命令は、「プライバシー権」を守るためではなく、出版差し止めの実績づくりのために出されたものだ。
命令は、記事について「債権者(田中側)らが被る損害が回復困難な性質のもので、重大な精神的衝撃を与えるおそれがある」とし、「もっぱら公益を図る目的のものでないこと」を理由に事前差し止めとした。
出版差し止め命令が出た『文春』は77万部が発行されている。仮処分の段階では74万部がすでに出荷されており、結局3万部ほどが対象になっただけだ。
仮に裁判所が本気で田中側の「損害」を回避するつもりなら、出荷された74万部の回収命令まで出しているはずだが、そこまでは命じていない。
記事の内容はただの口実に過ぎず、出版差し止めの見せしめの前例をつくることに意味があったのだ。
週刊誌をターゲット
なぜ今、異例の事前差し止めなのか。
『週刊文春』などの雑誌は、記者クラブなどによらない「独自取材」をいわば存在意義としている。時には、政治や官僚の腐敗を「××疑惑」として報じて世間に暴くなど、新聞・テレビなどの他のマスメディアが報道しない部分を伝えることもあった。
すでに新聞・テレビは、記者クラブや代表取材などに見られるように、もはや権力の意に反するような報道はしない。とりわけ、イラク自衛隊派兵の同行取材をめぐって10種類19項目にわたる取材制限事項を受け入れ、「自衛隊に都合の悪いことは報道しない」ことを約束した。もはや政府発表か自衛隊の「復興支援」賛美報道のオンパレードだ。
そのような報道統制の流れの中で、権力にとって都合の悪い情報をゲリラ的な取材で暴く可能性のある雑誌というメディアがターゲットにされた。
命令は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。検閲は、これをしてはならない」という憲法による権力への足かせを外すのが狙いだ。
だからこそ、この決定には「出版・表現の自由を侵害する事前規制で、言論弾圧だ」(出版労連声明)などの批判が広がっているのである。
ビラ配布で令状逮捕
強まる言論弾圧は、政治家を守ることに眼目があるのではない。戦争国家づくりを急ぐための言論・表現活動の圧殺こそが狙いだ。
2月27日には東京・立川でビラを配布した市民3人が「住居不法侵入」で、3月3日には社会保険庁職員が「国家公務員法違反」で逮捕された。立川の事件は、自衛隊官舎の郵便受けにイラク派兵反対を訴えたビラを入れたというもの。社会保険庁職員の事件は、休日に「しんぶん赤旗」を配ったというもので、ともに全く正当な平和運動・政治活動であり憲法違反の不当逮捕だ。
これらが一層重大なのは、「現行犯」でもなく、1か月以上前の出来事を口実とした令状逮捕であることだ。運動弾圧を狙う警察権力の要請に応えた裁判所が、令状を発布したのである。
派兵し占領にまで参加するという「戦時」に見合った政治体制作りが進んでいる。民衆の声を封じ込める、権力による言論統制を許してはならない。