3月22日未明イスラエル軍は、イスラム原理主義組織「ハマス」の精神的指導者ヤシン師を武装ヘリからのミサイル攻撃で暗殺した。ヤシン師は自宅を出てモスクへ向かう自動車を狙われ、同乗していた複数のパレスチナ人も犠牲となった。
イスラエルのシャロン首相は「ハマスの指導者は数々のテロ攻撃に個人的な責任を負っていた」と弁明したが、暗殺が正当化されないことは明らかだ。
ハマス弱体化を狙う
今回のヤシン師の殺害は、ガザからの撤退を前提にシャロン政権が進めている"過激派掃討作戦"の一環としておこなわれた。
ガザからの撤退構想は、シャロン首相が2月2日に明らかにしたもので、ガザ地区にあるユダヤ人入植地を撤去し、ヨルダン川西岸地区に移住させる計画を検討しているというもの。それは、強まる国際的批判に応えるかのように装う一方で、入植地の、そして占領の固定化を狙うものだ。
いま国際司法裁判所でその違法性が審理されているアパルトヘイト・ウォール(分離壁)は、入植地を取り込むように1949年の休戦ラインよりも西岸側に食い込む形で建設されている。これについてイスラエルは、「テロリストの侵入を防ぐのが目的」と説明している。しかしそれは、入植地を拡大・恒久化するとともに、パレスチナ自治区を囲って隔離するためのものに他ならない。
この分離壁問題については、国連総会決議を受けて国際司法裁判所での審理が開始されており、今夏にも勧告的意見が出される予定だ。
シャロン首相は、ガザ撤退構想を発表して以降、ハマスやイスラム聖戦機構など"過激派"の掃討を進めるべく、ガザへの軍事作戦を強化していた。
全世界から非難が集中
ヤシン師の殺害は、全世界からの非難を呼び起こしている。
アナン国連事務総長は23日、「このような行ないは国際法に反するだけでなく、中東和平の模索に寄与することはない」と非難。欧州連合(EU)外相理事会も「非合法な殺害は国際法に反しているだけでなく、テロとの戦いにとって重要な支柱である法の支配そのものを傷つけるものだ」との共同声明を発表した。
24日には国連人権委員会で、ヤシン師殺害が戦時における民間人の保護を定めたジュネーブ条約に違反すると非難し、イスラエルに国際人道法の順守を求める決議が採択された。現行の国際法では、民間人が武器を持って戦闘に参加している時は攻撃の対象となるが、いったん武器を置けば、その民間人は保護の対象となる。また、民間人を特定して攻撃することは禁じられている(赤十字国際ニュース第13号より)。ヤシン師はハマスの精神的指導者ではあるが、身体的障害で車椅子生活を送っており、国際法上では明らかな民間人だ。
占領終結が解決の前提
イスラエル政府は、「ヤシン師がいなくなり、世界はより安全になった」(シャローム外相)、「ユダヤ人を殺したり、イスラエル国民を傷つける者、あるいはユダヤ人を殺すために人を送り込む者は皆、暗殺の標的になる」(シャロン首相)と強弁し、さらなる暗殺をほのめかしている。
だが、"自爆攻撃"を生み出している根本原因は、イスラエルによる不法な占領支配と人権侵害にある。アムネスティ・インターナショナルによると、この3年半の間に約200名にのぼるパレスチナ人が暗殺されたという。それでも"自爆攻撃"がなくならないのは、不法な占領が終わっていないからだ。
「イスラエルにはテロに対する自衛権がある」とする米国は、ヤシン師殺害を非難する安保理決議に拒否権を発動して葬り去った。だが、マドリードにおける列車同時爆発テロは、ブッシュが推進する"対テロ戦争"がテロをなくすどころか、かえって拡散させていることを全世界の人びとに示した。イラクでもパレスチナでも、不法な占領支配を終わらせることが問題解決の大前提だ。