ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2004年11月17日発行863号

第56回『クラーク法廷(7)』

 クラーク法廷は、その設置にあたって特別の根拠規定を作成していない。ラッセル法廷も同様だが、ニュルンベルク裁判・東京裁判の前例に倣って、同じ国際法規範を適用するという考えであろう。この方法が説得力を有するのは、ニュルンベルク・東京の原則を主導的につくったアメリカの戦争犯罪に同じ法を適用するという合理的な考えだからである。もっとも、ニュルンベルク・東京からクラーク法廷までの間には、40年の歳月が流れているから、国際法の考え方も細部まで同じわけではない。その点も考慮してのクラーク法廷の運営がなされた。民衆法廷で根拠規定を意識的に作成したのは「女性国際戦犯法廷」である。

 クラーク法廷は、やはりラッセル法廷と同様に、手続き規定を作成していない。ニュルンベルク・東京においても事前に手続き規定は用意されず、判事団が必要に応じて検討し、決定している。民衆法廷で手続き規定を意識的に作成したのは「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」である。旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷やルワンダ国際刑事法廷の経験に学ぶことができたからである。

 クラーク法廷では検事という名称は用いていないが、クラーク自身が起訴状を執筆し、19項目の罪状を指弾した。訴因に掲げられたのは、平和に対する罪、戦争犯罪、人道に対する罪、または国連憲章、国際法、アメリカ憲法等に違反する犯罪である。アメリカ国内法も一部含まれることになる。

 判決は前回紹介したように比較的短いものである。事実認定と勧告が中心であり、国際法上の論点には立ち入っていない。ラッセル法廷においてサルトルらが民衆法廷の基礎づけに力を入れたり、ジェノサイドの罪の考え方について所見を示したのと異なって、クラーク法廷判決は法的思索を展開していない。その点は、公聴会における証言を通じて繰り返し示されたためであろう。公聴会証言では、先に紹介したように、イラクの戦争被害だけではなく、アメリカの軍事・外交戦略の分析も含めて、多彩な議論が行なわれている。国際法に関しては、安保理事会が決議したイラクに対する経済制裁の違法性を指弾している点が重要であろう。

 最後に、民衆法廷史におけるクラーク法廷の位置と意義をごく簡潔にまとめておこう。

 第1に、ラッセル法廷が切り拓いた民衆法廷の系譜を引き継いだ。ラッセル法廷の後、ヴェトナム戦争については国際調査委員会が継続した。また、ラッセル法廷の判事の一人であったレリオ・バッソを中心に常設法廷が試みられたが、アメリカや日本ではほとんど知られていない。民衆法廷の空白を埋めたのは、むしろクラーク法廷ということになる。

 第2に、アメリカの戦争犯罪を、アメリカの反戦運動が、アメリカ国内で裁いた。ラッセル法廷はアメリカ政府の妨害を受け、アメリカにもフランスにも入ることができず、ストックホルムやコペンハーゲンでの開催となった。クラーク法廷は全米各都市での公聴会をもとに、ニューヨークで法廷を開くことができた。「女性国際戦犯法廷」も、日本の女性運動が(世界の女性運動とともに)、日本の戦争犯罪を、日本で裁くことになる。

 第3に、連続公聴会を通じて、アメリカに新しい反戦平和運動の潮流を形成した。国際行動センター(IAC)やその周辺のグループは、クラーク法廷以来の運動経験をバネに活動を続けている。

 第4に、アメリカとその他の諸国の平和運動との連帯も着実につなげてきている。冷戦終結後の世界では各地の武力紛争とともに、アメリカによる軍事力行使が続いている。現在の戦争と平和をめぐる問題の基本はアメリカにある。アメリカの反戦運動と各国の反戦運動の連携がますます重要になっている。

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