ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2005年04月01日発行881号

第64回『女性国際戦犯法廷(2』

 女性法廷を実現するために1998年6月にVAWW NETジャパンを立ち上げた女性たちは、猛烈な勢いで走り始めた。

 法廷を開くために法律を学び、「ラッセル法廷」判事であった森川金寿(弁護士)にインタビューし、法廷の理念や構成を示すために法廷憲章案を作成した。各国の支援団体と協力して被害実態調査を行い、サバイバーへの聞き取り、現地調査を繰り返し、写真や映像に収めた。国内でも歴史資料や文献調査を進め、「慰安所」設置や「慰安婦」徴募の実態と制度を解明した。日本の女性、アジアの女性、そして男性たちの集団作業は、日本軍性奴隷制の研究を格段に深化させた。

 1998年夏にVAWW NETジャパンは法廷憲章案文作成を始めたが、法廷を担う国際実行委員会が正式に採択したのは、2000年7月31日のマニラ会議においてである。

 憲章前文は、「第2次世界大戦前・中に日本軍が、植民地支配し、軍事占領したアジア諸国で行った性奴隷制は、今世紀の戦時性暴力の最もすさまじい形態の一つだが、その被害女性たちが正義を得られないまま20世紀が過ぎ去ろうとしている」とし、「性奴隷制を含む戦時性暴力の被害女性や生存者に正義を回復することは、地球市民社会を構成する一人一人の道義的責任であり、国際的な女性運動にとって共通の課題である」として、「不処罰の循環を断ち切る」ことを課題とした。法廷憲章は法廷の設置、管轄権、個人の刑事責任、国家責任、時効の不適用、法廷の構成、起訴状、審理、被害者と証人の保護、判決など全15条からなる。最初は、旧ユーゴスラヴィア国際刑事法廷規程を参考にしながら準備を進めていたが、VAWW NETジャパン自身が何度も修正を試み、韓国やフィリピンのメンバーの意見でさらに修正を重ねたうえで、国際実行委員会で手直しを繰り返したので、女性法廷の独自の憲章として完成した。

 VAWW NETジャパンと各国検事団は、各地における証拠を集約し、検討して、実態解明、被告人の選定作業を進めるとともに、全体を統括する2人の主席検事を選任した。パトリシア・ビサー・セラーズは、著名なフェミニストで、旧ユーゴスラヴィア・ルワンダ両国際刑事法廷ジェンダー犯罪法律顧問である。ウスティニア・ドルゴポルは、オーストラリアのフリンダース大学助教授で、国際法律家委員会が行った「慰安婦」問題の調査と報告書作成の責任者である。各国検事団は、南北コリア、中国、フィリピン、台湾、マレーシア、オランダ、インドネシア、東ティモール、そして日本である。

 南北コリア検事団は、朝鮮と韓国の検事の合同チームである。最初は別々に検事団を組織して、起訴状作りの作業を進めていたが、準備段階での意見交換の積み重ねの結果、合同チームが編成された。

 オランダに植民地とされたインドネシア、インドネシアに植民地とされた東ティモールという複雑な関係の上に、オランダ、インドネシア、東ティモールの被害者が一同にそろって日本政府の責任を追及したのも女性法廷のゆえである。

 各国検事団は、それぞれの地域における「慰安所」の実態、被害者の証言聞き取りとその追跡調査を行なった。日本検事団は、各国の状況に対応して、日本軍の組織系統や責任者の選定を進めた。両者の協同作業によって「慰安所」の実態が飛躍的に解明された。新しい被害者の名乗りで、知られていなかった「慰安所」の発見、写真その他の資料の発見、そして現地での撮影によるビデオ映像など豊富な資料を積み上げ、分析する作業は法廷直前まで続いた。

 主席検事は、その全体を取りまとめるとともに、「慰安所」の実態や「慰安婦」徴募の具体的事実に適用されるべきであった国際法の実像を改めて浮き彫りにしながら、最高責任者である昭和天皇の責任の解明に力を注いだ。

 VAWW NETジャパンが進めた準備作業としての証拠収集やその分析結果の一部は、記録集としてまとめられている。

<参考文献>VAWW NETジャパン編『日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷』1巻〜4巻(緑風出版、2002)

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