ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2005年12月23日発行917号

第81回『イラク世界民衆法廷(1)』

 2005年6月27日、イスタンブール(トルコ)で開かれていたイラク世界民衆法廷(WTI)イスタンブール公判の判決公表記者会見が開かれた。

 「良心の陪審団」代表のアルンダティ・ロイが判決を公表した。英ブッカー賞を受賞したインド出身の作家ロイは、日本でも『小さきものたちの神』(DHC)、『わたしの愛したインド』(築地書館)、『帝国を壊すために』(岩波新書)、『誇りと抵抗』(集英社新書)などで知られる。

 陪審団は、米英両国に対する検事団訴追の13の犯罪について有罪を宣告した。侵略、不法な占領、民間人虐殺、捕虜虐待、禁止された兵器の使用など、戦争犯罪の見本市のごとき「イラク戦争」の実相を見据える宣告だ。

 ロイは26日の法廷閉会演説においても「米英政府は国連憲章原則に違反して侵略戦争という最大の犯罪を計画、準備、遂行した。不均衡な殺傷力をもち無差別攻撃となるクラスター爆弾、焼夷弾、劣化ウラン兵器を使用した。ファルージャで平和的抗議デモを行った12人を殺害した。裁判抜きに行われたイラク市民に対する集団処罰。拷問、残虐な、非人道的で品位を貶める取り扱い、占領下における性暴力と人身売買の増加」を明示して批判していた。

 陪審団は、米英政府だけではなく、米英による侵略からイラクを守らず、不法な占領を追認した国連安保理事会にも有罪を言渡した。他方、サダム・フセインのイラク人民に対する犯罪について、イラク人民が国内法に基づいて裁くべきであり、他国が干渉するべきでないとした。

 さらにロイは述べる。「イラク人民が不法占領に抵抗し、独立政府を築く権利を認識し、占領への抵抗は国連憲章に由来する自決、自由および独立のための抵抗権であることを確認して、われわれはイラク人民との連帯を宣言する」。

 WTIの構想は、2003年3月20日のイラク本格攻撃直後から国際的に湧き上がってきた。地球を文字通り一周したグローバルな反戦平和運動にもかかわらず、戦争を止められなかった現実を前にして、世界の反戦平和運動が選んだ途の一つであった。ブリュッセル、ジャカルタ、イスタンブールなどでの会議を経て、名称をWTIに確定し、世界各地の平和運動がそれぞれの地域で様々な法廷運動を繰り広げた後に、イスタンブールに結集して「最終公判」を開くことが合意された。

 ロンドン、ムンバイ、コペンハーゲン、ブリュッセル、ニューヨーク、広島、ストックホルム、ソウル、ローマ、ジェノア、リスボン、バルセロナ、フランクフルト、チュニスなど、世界各地でグローバルセッションが持たれた。日本ではWTI広島公聴会とは別に、イラク国際戦犯民衆法廷(ICTI)も活動を継続し、日本各地およびマニラで14回の公聴会、京都と東京で4回の公判を開いた上で、イスタンブール公判に参加した。

 清水竹人は次のように述べている。「法的な側面からは、この戦争に至る背景事情とあわせ、すでに議論されつくした感があった。よって、判決自体は多くの人にとっては予想されたものであったにちがいない。それでは、このイスタンブール公判の意義は何であったのか。それは、平和や安全保障を国家や国家の集合体である国際機関の手に委ねる思想自体がもはや時代遅れであり、人間の安全保障が民衆の手のうちにあること、そのためのシステムとネットワーク構築こそが今後の課題であること、これらが確認されたということであろう。」

<参考文献>

前田 朗「世界をつなぐ民衆法廷の新たな地平」週刊金曜日566号(2005年)

清水竹人「平和実現に向き合う『民衆』」軍縮問題資料299号(2005年)

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