ロゴ:国際法を市民の手に 前田朗 2006年02月10日発行923号

(84)『イラク世界民衆法廷(4)』

 2003年11月8日・9日、ロンドン(イギリス)で「イラク侵略と軍事占領に対する法的調査」公聴会が開かれた。イラク世界民衆法廷関連の行事ではもっとも早い時期のものである。

 法的調査の結論は「2003年のイラク戦争における連合軍による戦争犯罪申立てについての調査報告書」にまとめられている。この調査は、イギリス、アメリカ、カナダのNGOが協力して行なったもので、実際に行なわれた戦争犯罪の深刻な事実を確認するとともに、その事実を国際人道法、特に国際刑事裁判所(ICC)規程第7条の人道に対する罪と第8条の戦争犯罪の定義に照らして検討することを目指している。

 調査委員会は次の構成である。ウペンドラ・バクシ(ウォーウィック大学教授)、ビル・バウリング(ロンドン・メトロポリタン大学教授)、クリスティーヌ・チンキン(ロンドン大学教授)、ガイ・グッドウィン=ギル(オクスフォード大学上級研究員)、ニック・グリーフ(バーネマス大学教授)、ルネ・プロヴォースト(マックギル大学教授)、ウィリアム・シャバス(アイルランド国立大学教授)、ポール・タヴェルニエ(パリ南大学教授)。

 いずれも著名な国際法学者である。バウリングは後にイラク国際戦犯民衆法廷・東海公聴会(2004年6月)に証人として来日した。チンキンは女性国際戦犯法廷判事であった。

 公聴会では、数人の証人の証言の後、委員会は「ICC検事が、イギリス政府構成員をICC規程の人道に対する罪や戦争犯罪の違反として捜査するに足りるだけの十分な証拠はあるか」との問いが提示され、委員会はこの問いに対して「十分な証拠がある」との結論を出した。

 報告書は、ICC規程とその意義を確認し、続いてラッセル法廷の前例を引き合いに出して、調査の趣旨を明らかにしている。

 調査の目的は2つにまとめられる。

 ・2003年3月、4月のイラク攻撃におけるイギリスの行為をICC規程に照らして検討すること。

 ・ICC検事に対して、ICC規程15条のもとでイギリス政府の行為を捜査するよう勧告することが正当か否かを判断すること。

 従って、委員会はイギリス政府に焦点を絞っている。アメリカその他については直接の対象とはしていない。

 ICCは個人の刑事責任を追及する刑事裁判所であるから、被疑者・被告人を特定する必要があるが、報告書はイギリス政府構成員とするにとどまっている。被疑者特定作業は後に委ねたものであろう。

 また、対象犯罪としては人道に対する罪と戦争犯罪に限定されていて、侵略の罪やジェノサイドは取り上げられていない。

 従って、報告書が具体的に取り上げるのは、第1にクラスター爆弾の使用であり、第2にその他の問題である(論点としては、軍事作戦における戦争犯罪の故意の存在、メディア攻撃の犯罪性、軍事的でない移送手段への攻撃、国際法のもとで禁止された兵器の使用などが指摘されているが、この段階では全面的検討には至っていない)。その上で、刑事責任の法理を検討する構成となっている。その中で、軍事目標主義や武力行使の均衡性について詳論している。最後に占領について補足的に検討している。

 2003年11月段階の調査なので、捕虜に対する拷問や虐待などの問題はまだ取り上げられていない。

<参考文献>Report of the Inquiry into the alleged Commission of War Crimes by Coalition Forces in the Iraq War during 2003.

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