ロゴ:怒りから建設へロゴ 2006年03月31日発行929号

第14回『民族対立煽る占領支配 / 「民族主義ではなく人間主義を」』


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 イラクでは、昨年暮れに実施された国民議会選挙後、3か月もの間、議会の召集ができないでいる。原因は閣僚ポストなど利権の調整がつかなかったことだ。伝えられる宗教・宗派や民族の対立・抗争は、政権ポストを争う政党幹部の争いでしかない。民衆は平和で自由・平等の社会を願っている。クルド人とアラブ人の対立が言われるイラク北部クルディスタンにおいてもそうだった。(豊田 護)


アラブ人への嫌がらせ

クルド愛国同盟(PKU)への不満を口にするクルドの人々(11月2日・ハラブジャ)
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 イラク自由会議(IFC)のメンバーであるイラク失業労働者組合の議長カシム・ハディが拘束された。記者を迎えに、キルクークからアルビルに向かう途中、KDP(クルド民主党)の検問所で兵士に尋問された。

「お前はアラブ人か」

「そうだ」

「どこへ何しにいくのだ」

「なぜ知りたいのだ。何かあったのか」

 イラク北部のダホーク・アルビル・スレイマニヤの3州はクルド民族政党(KDPととPUK[クルド愛国同盟])が専制的に支配している。自らの支配地域や都市の出入り口に独自の検問所を置いてにらみをきかしている。とくにアラブ人に対する嫌がらせは常態化している。

 カシムは事務所に連行され1時間に渡って尋問された。こまごまとした詮索にも「友人を迎えにいくのがいけないのか」ととり合わないカシムを、兵士は解放するしかなかった。逮捕の危険もあったが、毅然とした対応を貫いたカシムの勝利だ。だが一般のアラブ人はこうはいかない。

 スレイマニヤの街を一望できる小高い丘に登ったとき、そこに来ていたアラブ人家族が不満をぶつけてきた。

 「姉のいるアルビルの公園に遊びに行こうと思ったのに、アラブ人は通さないと追い返された。どうしてなんだ」

いまだにテント暮らしを強いられるクルド難民
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 検問所で追い返されたことに怒りをあらわにしていた。

難民問題を放置

 クルド民族政党はクルド人の利益を守ろうとしているのかと言えば決してそうではない。クルド難民に対する無策はそれを証明している。

 サダム政権は、油田を抱えるキルクークをアラブ人の支配地とするために、南部地域からバース党の幹部を中心としたアラブ人を入植させた。追い出されたクルド人は、各地を転々とした。

 クルド難民の発生は、キルクークのアラブ化政策だけではない。イラン・イラク戦争や民族政党間の内戦でも発生している。難民キャンプはキルクークの他、スレイマニヤやアルビルの郊外でも見かけた。いまだにテント暮らしを強いられている人々も多い。こうした難民に対して、民族政党はどのように支援しているのか。

 「PUKは元の土地に帰れと言うばかりで何の援助もしない。食料や医療の支援も与えられないため、再び難民になるしかない」

 難民の一人はそう言った。自分の国の中で何年難民でいなければならないのか。アラブ・クルドの土地問題で紛争を煽るのは、占領政策の一部なのだ。難民はそう感じている。

”ハラブジャ”さえ利用 

 民族政党がクルド人全体の利益のために活動しているのではないことは明白だ。有名な”ハラブジャ事件”でさえも例外ではない。

 スレイマニヤの南東約70キロにあるハラブジャは、イラン国境に近い人口8万人前後の町である。1988年3月16日、イラク軍はこの街に毒ガスを撃ちこみ、5千人以上の住民を殺した。サダム・フセインの残虐さを示す例として使われる事件だ。

 イラン・イラク戦争の末期、イラク軍はイランと手を結んだクルド地域に対して容赦なく攻撃を行った。2千にも上る村や町を破壊した。ハラブジャはその象徴といえる。現地の人々は、ジェノサイドだとの意味をこめ、「ヒロシマ・ナガサキ・ハラブジャ」と並べて語る。

 化学兵器による大量殺戮という衝撃的な事件でありながら、被害調査すら十分に行われていないのである。

 「ここ10数年、支援を申し出てくる人々は、誰が権力を持っているかに関心があって、誰が援助を必要としているかを考えてはいない」

 PUKに対する批判を口にするのは、町の中心部に住むカークィーと呼ばれる一族である。伝統的な自然神をよりどころとする独自の宗教をもっている。

 「援助金の使途を決めるのは、権力者ではなく被害者でなければならない」

 人権団体から寄せられる援助金は、PUKには入るが被害者のためには使われない。化学兵器による土地の汚染は除去されず、後遺症に苦しむ被害者には何の援助もなされない。その一方でPUKはハラブジャを観光地として売り出したいと考えている。占領体制を支え、大統領職にしがみつくPUKにとって、ハラブジャは反サダムの宣伝材料にすぎないのである。

IFCの主張に理解

 ハラブジャの町を攻撃したのは、イラク軍だけではなかった。イラン軍もそして、当のPUKも自らの支配を確実にするために攻撃をしたという。

 新憲法でも、クルディスタンに自治政府の設立を認めている。中央の大統領はPUKの党首タラバーニ、地方政府の大統領にはKDPのバルザーニが就いている。PUKとKDPのクルド連合は手を結んだ。しかしそれはクルド人のためではない。政党幹部の利益のためでしかない。クルド民衆にはわかっている。

 「ハラブジャは古くからメーデーを盛大に祝うような左派の街だ。イスラム主義でも民族主義でもなく人間主義の支援が必要だ」と人々は語った。

 「人間性の立場に立つ限り、われわれ民衆の声は一つになるはずだ。ハラブジャはその1例に過ぎない」

 「この問題は一つの国の問題ではない。今日、われわれがあなた方を必要としているということは、明日、あなた方がわれわれを必要とすることもありうる」

 「占領軍はイラクの富を盗む人々の連合だ。われわれは世界中の人々と人間を取り戻す連帯を」

 宗教でも民族でもない、人間性を実現していく国際連帯を。IFCの主張は、このクルディスタンでも当然のこととして受け入れられている。

         (続く)

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