2006年04月21日発行932号

【『マンガ嫌韓流』の背景 / 「負け組」の怨念をエサに成長 / 被害者意識を排外主義へ】

 『マンガ嫌韓流』というコミック本をご存知だろうか。「韓国にはもう謝罪も補償も必要ないんだ」「信じられない程腐り切った国、それが韓国だ」といった主張を稚拙な絵で表現したマンガである。そんな本が今、ベストセラーになっている。むき出しの排外主義が支持されるのはどうしてなのか。「嫌韓流」現象の背景を探ってみた。

韓国のすべてを否定

 『マンガ嫌韓流』の原型は、作者の山野車輪がインターネット上で公開していた作品である。昨年7月にコミック本として出版されると、たちまち45万部を記録。今年2月に発売された第2弾も、書店に特設コーナーが作られるほど注目を集めている。

マンが同様、関連書籍の売れ行きも好調だという
写真:マンが同様、関連書籍の売れ行きも好調だという

 マンガの構成はいたって簡単だ。大学の歴史サークルに所属する主人公たちが、戦後補償問題などをテーマに、友人の在日韓国人や「サヨクプロ市民」とディベートをくり広げ、ことごとく論破していくというもの。

 ディベートといっても、その内容は偏見と差別意識にみちた誹謗・中傷でしかない。韓国及び韓国人を「愚かな奴ら」とあざ笑うことによって日本の「優越性」を確認したいというわけだ。それが『嫌韓流』というマンガである。実際、嫌韓というだけあって、攻撃の対象は歴史問題だけにとどまらず、韓国の文化・国民性全般に及んでいる。たとえば、こんな具合だ。

 「日韓併合は韓国が望んだこと。その恩を忘れてテロや暴動を起こすのは身勝手だ」「反日洗脳教育で歴史を捏造しているのは韓国のほうだ」「韓国は日本文化を盗むパクリ国家だ」「そもそも韓国に誇れる文化などない」「韓国人が怒りっぽいのは民族特有の精神疾患のためだ」「傲慢な韓国人は世界中で嫌われている」「日本人の血税が『在日』の優遇措置に使われている」等々。

 そして、こうした「真実」が世間に知られていないのは、サヨクの息がかかった「反日マスコミ」の情報操作のせいだと言うのである。まったく、便所の落書きレベルの妄言というほかない。こんな主張が、主人公に敵対する側のキャラクターを醜く描く(図参照)という幼稚なプロパガンダの手法でくり返されるのだ。

ベストセラーの理由

 程度の低いマンガとはいえ、これだけ売れているとなると、その影響力を無視することはできない。ベストセラーになったということは、本の内容に共鳴する心性を持つ人々が少なからず存在することを意味している。読者の支持意見をみてみよう(引用は『公式ガイドブック』より)。

 「中国や韓国の反日デモがあった今年、この本を読んでより彼らの異常性がわかった。今こそ日本の正当性を証明する時がきたと思います」(22歳・男性)、「朝鮮人は戦勝国民、被害者? そんなことは無い、十分加害者だよ」(34歳・男性)、「強かった日本を取り戻さなければ、恨み根性丸出しの中国韓国にのっとられてしまう」(39歳・男性)、「こんな気持ちのいい本が出たことに本当に感動しています」(35歳・女性)

 これらの支持意見に共通するのは、ある種の被害者意識である。歴史認識をめぐる韓国や中国からの日本政府批判を、彼らは自分自身のプライドを傷つける不当な行為だと感じているようなのだ。

うさ晴らしのツール

 社会・経済の新自由主義的「改革」と排外主義的ナショナリズムの台頭はコインの裏表の関係にあると言われる。格差社会という流行語が示しているように、現在の日本は一握りのエリート層以外は安定した仕事につくことすら難しい社会になってしまった。カネも権力も守ってくれる者もない「負け組」には、「下流社会」の底辺に転落する恐怖があるだけだ。将来の展望など見出せない。

 そのような不安を抱える人々に「強く美しい日本」というナショナリズムのささやきは心地よく響く。難しい理屈や資格はいらない。持たざる者でも「自分は日本人だ」というだけで自信や誇りを与えてくれる。逆に言えば、そうした幻想にすがりつかなければ精神の安定を保てないほど、日々の生活の中でうっ積した感情を募らせている人々が多いということだ。

 彼らにとって中国や韓国は、心のよりどころである「強く美しい日本」をおとしめる存在にうつるのだろう。とりわけ韓国に対しては、「格下のくせに生意気だ」と感じているだけに、徹底的に馬鹿にしないと気がおさまらない。こうした感情から『マンガ嫌韓流』は生み出された。そして、「負け組」の閉塞感を一時的であれ忘れさせてくれる、うさ晴らしのツールとして人々に消費されているのではないだろうか。

 グローバル資本主義に切り捨てられた者の怒りがそれ自体に向かうのではなく、排外主義的ナショナリズムへと糾合される。「嫌韓流」現象は、戦争国家への道を突き進むこの国の危険な空気をあらわしている。      (M)

ホームページに戻る
Copyright Weekly MDS