2006年06月02日発行937号

【教育基本法と「公共心」 / マインド・コントロール狙う政府案 / 国家に従順な国民づくり】

 教育荒廃や犯罪の低年齢化は、個人の権利尊重に偏りすぎた戦後教育が原因だ。だから「公共心」をしっかり教えるようにしなければならない−−教育基本法「改正」論者が決まって口にするセリフである。こうした戦後教育悪玉論にくみするわけにはいかない。教育を通じて子どもたちの心を操作しようとする支配層の意図を読み解く。


戦後教育悪玉論

 いまなぜ教育基本法の全面改定が狙われるのか。ありていに言えば、国家に従順な国民を教育を通じて育成するためである。「お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す。これに尽きる」(西村眞悟衆院議員)というように、戦争国家づくりの一環なのだ。

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 もっとも、「愛国心」と戦争をストレートに結びつけた語りでは、さすがに世論の支持は得られない。そこで教育基本法「改正」論者が前面に押し出しているのが、戦後教育見直し論だ。たとえば、4月13日付の読売新聞社説は次のように述べている。

 「戦後間もない1947年に制定された現行法は、『個人の尊厳を重んじ』などの表現が多い反面、公共心の育成には一言も触れていない。制定当初から、『社会的配慮を欠いた自分勝手な生き方を奨励する』と指摘する声があった。青少年の心の荒廃や犯罪の低年齢化、ライブドア事件に見られる自己中心の拝金主義的な考え方の蔓延などを見れば、懸念は現実になったとも言える」

 「読売」の論理では、ホリエモンは教育基本法の申し子になるらしい。「読売」は4月26日の解説記事でも、授業中に勝手な行動をとる生徒の「自己中心的な態度を改めさせる」ことが教育基本法改正の狙いだと説明している。

 要するに、世の大人が眉をひそめる子ども・若者問題は「公共の精神」を軽視してきた今の教育が悪い、だから教育基本法を抜本的に作り直し「公共心」をきちんと教えられるようにすべきだ、という論法である。

真犯人はグローバル資本

「心の教育」には、「若者の反乱」を防ぐ意図がある
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 作り話もたいがいにしてもらいたい。個人の権利を尊重しすぎたから学級崩壊が起きているだって。今の学校教育のどこが個人の尊厳を重んじているというのか。事態はまったく逆ではないか。

 たしかに教育基本法は「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」(前文)とうたっている。だが、その理念の実現は政府・文部科学省の「不当な支配」によって妨げられてきた。特に近年は新自由主義路線の導入によって教育の機会均等原則が崩され、子どもたちの選別・切り捨てがいっそう激しくなった。

 「個人の尊厳」をないがしろにする差別選別の教育が、学級崩壊やいじめ・不登校といった現象を引き起こしていることは明らかだ。犯罪の低年齢化にしても、その背景には若年層の雇用破壊や階層間格差の拡大・貧困化という問題がある。つまり、グローバル資本の利益のための「構造改革」が子どもや若者たちをとりまく状況を急速に悪化させているのである。

 様々な教育荒廃や若年無業者の増加、犯罪の低年齢化は教育基本法のせいではない。ましてや「青少年の心の問題」ではない。

「戦争国家を愛せ」

 グローバリゼーションに対応した「構造改革」の進行は、企業を中心とした既存の社会統合を解体し、バラバラに分断された人々に際限なき競争を強いている。その最大の被害者が子ども・若者たちである。「青少年の問題行動」と認識される現象は、将来への展望を奪われた彼らの不満・行き場のない怒りのあらわれとみるべきだろう。

 こうした子ども・若者問題の深刻化は、支配層にとっても決して好ましい事態ではない。フランスのような若者たちの「反乱」が日本でも発生する可能性があるし、そもそも誰もが国家を信用しなくなっては軍国主義化の基礎となる国家への帰属意識を涵養することもできなくなる。

 しかし支配層としては、社会荒廃が進んだからといって新自由主義路線をやめたり遅らせたりするわけにはいかない。グローバル資本の利益に反する政策を彼らが好んで選択するはずがない。そこで支配層は、社会の破綻を取りつくろう方策を教育に求めた。それが「公共心」「愛国心」教育の強化というわけだ。

 子どもの心を直接操作することで、社会に対して権利要求や批判を行うことなく、グローバル資本が求める国策に進んで従う国民を育成する。そのためには「個人の尊重」を基本とする現行の教育基本法が邪魔になるのである。

 「国家は国民の面倒をみません。何事も自己責任でお願いします。ただし国家に忠誠は誓ってもらいます。グローバル資本の敵を排除する戦争には命を投げ出しても協力しなさい」。政府の教育基本法「改正案」が強調する「公共の精神」とは、こんな要求に黙って従うことを指す。

 「戦争国家を愛せ」というマインド・コントロールを許してはならない。  (M)

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