2006年11月10日発行960号

【今なぜ「ダメ教員叩き」 / 安倍流「教育再生」への合意づくり / 競争主義こそいじめの元凶】

 相次ぐいじめ自殺事件をきっかけに、安倍内閣はマスメディアと一体になった「ダメ教員一掃キャンペーン」をくり広げている。「学校がぬるま湯につかっているからダメ教員がはびこる。競争原理を導入して叩き直せ」というわけだ。まったく倒錯した論理というほかない。学校現場を支配する弱者切り捨ての競争主義こそ、いじめの元凶ではないか。

「競争原理を入れよ」

 マスメディアの「教員バッシング」がすさまじい。週刊誌やワイドショー番組は「教員によるいじめ」の特集を組み、「いじめ教員はクビにしろ」と気勢をあげる。あるニュース番組は自殺した生徒の映像に次のようなナレーションを重ねた。「教師も、学校も選べず、少年は死を選ばざるを得なかった…」

朝からズバッと「ダメ教員一掃」キャンペーン
写真:朝からズバッと「ダメ教員一掃」キャンペーン

 このように一連のいじめ報道は、「ダメ教員一掃」の手段として、教員免許の更新制度や学校評価・選択制の導入に期待するという方向に世論をリードしている。これは「教育再生」を看板に掲げる安倍内閣の思惑と一致する。実際、発足したばかりの教育再生会議(首相の諮問機関)の面々は、いじめ問題を最大限利用する形で、持論の正当性をアピールし始めた。

 たとえば、ワタミ社長の渡辺美樹は「だめな教師が集まっている学校はつぶれてもいい。そんな先生に教わる子供への悪影響こそ考えるべきだ」(10/13日経)と、競争による淘汰の必要性を力説する。政府側委員として再生会議をリードする下村博文官房副長官は、教員免許更新制度の導入は当然とした上で、解雇を視野に入れた免許更新条件の厳格化を訴えた。

 両者に共通するのは「いじめに加担するような教員がはびこっているのは公立学校がたるんでいる証拠」という認識である。だから、ダメ教員を排除し学校を立て直すには民間流の競争原理を入れるしかない、というのである。

資本の論理が排除生む

 様々な告発が物語るように、教員によるいじめ、つまり子どもの人格を傷つける言動が増えているのは事実だろう。しかしそれは教育再生会議の主張する「学校・教員に競争原理が働いていないから」ではない。事実は逆である。

 新自由主義路線にもとづく近年の「教育改革」によって、学校現場はすでに競争主義・成果主義に侵食されている。教職員に対する管理強化が現場の抵抗力を削ぎ、上意下達の方針がまかり通る状況が作り出されている。こうした新自由主義による教育支配が、いじめを助長し放置する学校の体質をもたらしたのだ。

競争原理の導入を力説する教育再生会議の面々
写真:競争原理の導入を力説する教育再生会議の面々

 競争主義が学校現場を荒廃させている事例を紹介しよう。来春から実施される文部科学省の全国学力調査を先取りする形で、東京都荒川区や足立区では小中学生に学力評価テストを行っている。その結果(学校単位の平均点や順位)は区のホームページで公表される。両区は学校選択制を実施しているので、学力テストの成績は学校の命運に直結する。実際、成績順位の低い学校では入学者が激減する事態が発生した。

 かくして生き残りをかけた学校間競争が勃発した。テストの結果は自分の査定にも結びついているだけに、校長や教員は必死になる。足立区の中学校では平均点を落とさないために、特定の生徒にテスト期間中の欠席を指示する事態まで発生した。

 点取り競争に教員がおいまくられるようでは、子どもに寄り添った授業や生活指導などできるわけがない。競争主義がもたらす「できない者は不用品=悪」という風潮が、個々の教員の感覚を麻痺させ、子どもの人権を無視した言動を誘発するのである。

 福岡の中学生いじめ自殺のケースでいうと、問題の教員は生徒をイチゴに例え、成績のいい生徒を有名ブランドの「あまおう」とか「とよのか」とし、成績の悪い生徒を「ジャムにもならず、出荷できない」と呼んでランク付けしていたという(10/16毎日夕刊)。これはまさに弱者切り捨てを当然視する新自由主義の発想ではないか。

再生ではなく破壊

 安倍内閣が狙う教育基本法の改悪とは、こうした差別と選別を教育の基本に据え、教育制度を全面的に再編しようというたくらみである。国の査察官による学校評価、学校に生徒獲得を競わせる教育バウチャー制の導入といった安倍流「教育再生」策が、学校現場をさらに過酷な競争に巻き込み、いじめを悪化させることは目に見えている。

 そもそも財界の意向を代弁する教育再生会議にとって、公立学校におけるいじめは基本的にどうでもいい問題である。彼らの頭にあるのは、既存の公教育制度を解体し、浮いた財源を国家や企業の中枢を担うエリートの育成にふんだくることしかない。

 大衆の教育要求とは本来相容れない競争原理の導入に世論の合意をとりつける−−いじめ問題を利用した「ダメ教員一掃キャンペーン」の狙いはここにある。   (M)

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