2007年03月09日発行976号

【ドクター林のなんでも診察室 自衛隊イラク派兵と自殺】

 イラク帰還自衛隊員の自殺に関し、額賀防衛庁長官(当時)

 は昨年の国会で、自衛隊員全体の自殺率に比べ「2倍ぐらいの数字になっている」と答えていたそうです。

 2005年度の全自衛隊員23万9430人中、自殺者は47人です。そのうちイラク帰還隊員が3人いて、イラク帰還兵を除いた自殺率は18人 / 10万人です。他方、イラク帰還隊員の自殺者は2004年1月からの3年間で5500人中7人、年間では42人 / 10万人ですから、正確には2・3倍になります。「2倍ぐらい」はある意味で当たっていることになります。2倍でも大変なことですが、この数字は大幅に補正が必要なんです。

 どんな補正が必要かと言いますと、自殺や病気の発生率を比較する場合には、それらの集団がどのような集団かよく考えなければなりません。例えば、脳梗塞の場合、40歳台と80歳台では発生率が大幅に違います。また、病気がちの人は働けないことが多いので、労働者は病気の少ない集団となります。一般住民全体と比較すると、労働者の病気の率が少なくなります。似たような労働者の集団と比較して、はじめて職場の健康問題が見つかることがあります。

 イラク帰還自衛隊員の自殺にしても同じです。単に、全自衛隊員に比較して2・3倍というだけでは、その重大性を過小評価することになります。イラクに派遣された自衛隊員は、精神面も含めて健康な隊員をよりすぐっているはずです。うつ病などで自殺しそうな隊員を派遣するはずがありません。イラクに行かなければ1人も自殺しなかったのかも知れません。

 湾岸戦争帰還兵の健康調査でも、健康な兵士しかイラクに送ることはないのに、帰還兵の健康状態はイラクに行かなかった兵士と同じだったから問題ない、とする論文がほとんどです。

 分野は違いますが、厚労省研究班は、比較的元気な集団にインフルエンザワクチンをして、ワクチンをしなかった病弱な集団と比較して、ワクチンは死亡率を下げたなどとしています。同じごまかしの手口です。

 産経新聞社発行の「イラク自衛隊の真実」は自衛隊のイラクへの貢献を強調していますが、イラク市民からの攻撃を意識した緊張が続き、「撤収」時には何のセレモニーもできずに、基地の裏口からそっと出ていった様子が書かれています。自殺増加の原因は、占領者に対するイラク市民の敵意への不安感や、劣化ウランの影響もあるかも知れません。7人の犠牲者は、イラクなど海外派兵に対して、命をかけて警鐘を鳴らしたのでは、と思いました。

(筆者は、小児科医)

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