文部科学省が実施しようとしている「全国学力・学習状況調査」が問題になっているが、実は同様の学力テストが40年前まで行われていた。当時、学テ反対運動は全国的な広がりをみせ、裁判で学力テストの是非が争われるケースが何度もあった。これら学テ裁判の判例は、学力テストを通じた教育支配の違憲・違法性を示している。
地裁での違法判断
学力テストをめぐる裁判で最も有名な事例は、最高裁まで争われた旭川学テ裁判である。まずは事件のあらましを簡単におさえておこう。
1961年、文部省(当時)は中学校全国学力一斉学力テストを実施した。当初文部省は、国家の経済戦略の一環として学力テストで人材を選別するという政策意図を露骨に表明していた。こうした動きに対して、教職員組合と地域住民を中心とした反対運動が各地で展開された。
61年10月、北海道旭川市の中学校で校長に対しテスト中止の説得を続けた教員及び地域の労働組合員が公務執行妨害などの罪で起訴される「事件」が発生した。裁判は学力テストの是非を正面から争う教育裁判に発展した。
裁判所が下した判断をみていこう。旭川地裁は「本件学力調査は、形式的には地教行法54条2項の趣旨を逸脱し、実質的にも現行教育行政法の基本理念に反するものとして、違法といわざるを得ない」と認定した(66年5月25日)。
判決は全国学力テストの性格について、「生徒の学力を調査し、学校の教育効果を測定するという性質を持」つという点で「教育活動としての性格をおびる」とした。つまり、「本件学力調査は、通常の行政的事実調査の枠を超えて」いるので、文部省が実施根拠にあげる地方教育行政法54条2項では正当化できないという論理である。
次に判決は、教育内容への国家介入を禁じた教育基本法第10条(当時)に照らし合わせて、学力テストの違法性を論じている。いわく「このような調査が、全国的に全生徒を対象として実施された場合、教育の現場において、その調査の結果が各学校または各教員の教育効果(成績)を測定する指標として受け取られ、これを向上させるため、日常の教育活動が調査の実質的な主体である文部省の方針ないし意向に沿って行われるという傾向を生じ、教員の自由な創意ある活動が妨げられる危険がある」。
結論部分はこうだ。「文部省が本件学力調査を通じ教育活動の内容に影響を及ぼすことは、それ自体不当であり、仮にそれが学習指導要領に準拠して作成されていることを考慮しても、なおこれを正当とみることはできない」
実に明快な判決である。全国一斉学力テストは教育内容の国家支配につながる違法行為にあたる−−この司法判断は控訴審判決に受け継がれ、札幌高裁は学テ違法の判決を下した(68年6月26日)。
最高裁の苦しい詭弁
では、最高裁判決はどうだったか。結論から言うと、最高裁大法廷は一・二審判決を覆し、学力テストは適法という判断を示した(76年5月21日)。しかしその論理は矛盾に満ちたものになっている。
「地教行法54条2項が…文部大臣において本件学力調査のような調査の実施を要求する権限までをも認めたものと解し難い」ことは最高裁も認めている。ところが判決は、たとえ文部省の要求に法律上の根拠がなくても、各教育委員会の判断にもとづいて行われたのだから学力テストの実施に手続き上の違法性はないとした。何とも苦しい詭弁というほかない。
教育基本法などの教育法制に違反しているかどうかについても、最高裁は現実を無視した不当な判断を下した。学力テストが「成績競争の風潮を生み、教育上好ましくない状況をもたら」すおそれが絶無ではないが、それが全国的に現実化する可能性が強いとは考えられない−−だから本件学力調査は教育への「不当な支配」にはあたらない、としたのである。
最高裁判決のでたらめさは、現在の教育状況が何より証明している。東京都の事例が物語るように、学校選択制とリンクした学力テストは学校を選別工場に変え、弱者切り捨てを当然視する競争が「教育上好ましくない状況」をもたらしているではないか。
止めるのは市民の力
学テ違法論の最大根拠であった教育基本法は安倍内閣によって改悪された。だが、全国学力テストが教育活動への不当な介入であり、教育の地方自治原則に反している事実に変わりはない。個人情報の不正取得・不正利用という新たな違法性も指摘されている。また、学力テストは子どもの権利条約や「過度に競争主義的な教育制度が、子どもたちの発達をゆがめている」と日本政府に是正を求めた国連子どもの権利委員会の勧告にも違反している。
かつての全国学力テストを廃止に追い込んだ原動力は地域住民の反対運動であった。校長に対する学テ中止の説得活動など、地域からの取り組みが学校や教育委員会レベルでのテスト中止を実現し、ついには文部省をギブアップさせた(66年)。違憲違法、国際条約違反の学テを止めるのは市民の力だ。それは今も変わっていない。 (M)