2021年08月13・20日 1686号

【未来への責任(329) 韓国遺族会訴訟判決の問うもの】

 6月7日、ソウル地方法院は強制動員被害者・遺族の起こした訴訟で、その訴えを却下する判決を出した。2018年10月30日の大法院判決に“挑戦”するかのような判断であった。韓国でも、強制動員被害者救済に関する司法判断はまだ最終確定していないのである。

 それだけではない。訴訟は、韓国における強制動員訴訟がはらむもう一つの問題をあぶり出した。

 この訴訟は元徴用工2名と遺族83名、計85名の被害者が三菱マテリアル等日本企業16社を訴えた訴訟。原告のほとんどを遺族が占めるため、強制連行・強制労働の被害事実を訴状に十分に書き込めなかった。このような”弱点“につけこんで、裁判長は実質審理を一切行わないまま、法理のみで被害者の訴えを門前払いしたのである。

 実は、遺族が中心となって起こしたいわゆる「遺族会訴訟」はほかに2件ある。元徴用工・遺族252名が三菱重工・住友重機・昭和電工を被告として起こした訴訟、同じく元徴用工・遺族668名が、日本企業69社を被告として起こした訴訟である。このうち前者は2020年1月9日に一審判決が出された。原告のうち1名(三菱重工に動員された元徴用工本人)については請求が認められたが、他の原告は、原告適格の欠如、立証不十分で訴えは退けられた(注:原告252名中、189名は途中で訴えを取り下げ)。後者は、審理に入らないまま地方法院に係属されている。

 これら3件の集団訴訟の人々は、生きて韓国に戻った元徴用工、ないしその遺族である。これらの人々は、対日民間請求権補償法(1974年)、太平洋戦争前後国外強制動員犠牲者等支援法(2007年)の補償・支援対象から漏れ、何の救済措置も受けていない。彼らは不公平な扱いに怒り、補償を求めて韓国政府や請求権協定資金の「受恵企業」を相手に訴訟等を続けてきた。その遺族会が、初めて個人請求権を認めた2012年大法院判決以降、一転して、日本企業を被告とする集団訴訟を起こしたのである。

 ただ、遺族中心の訴訟のため、前記のような2つの判決に結びついてしまったとも言える。しかし、その責を彼らに帰すことができようか。日本政府・企業が強制動員の記録を隠蔽(いんぺい)、廃棄してきたことこそ問題ではないか。また解放後に十分な被害調査を行わなかった韓国政府にも責任はある。

 ソウル、光州(クァンジュ)で進行中の訴訟も同様に被害事実立証の困難さを抱えている。それを日韓市民の連帯で乗りこえていかねばならない。また、強制動員被害者認定をされても何の補償も受けられない人々を救済する道を探っていく必要もある。6月7日の判決は私たちにそれを問うている。

(強制連行・企業責任追及裁判全国ネットワーク 矢野秀喜) 
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