2021年08月13・20日 1686号

【明治産業革命遺産をめぐり ユネスコ世界遺産委「きわめて遺憾」と決議 歴史改ざんは許されない】

 2015年、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業(以下、明治産業革命遺産)」の世界文化遺産への登録時、日本政府は「その意思に反して連れて来られ、厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいたこと、また、第二次世界大戦中に日本政府としても徴用政策を実施していたことについて理解できるような措置を講じる」と約束した。

5項目の勧告を採択

 しかし6年後の今年7月22日、第44回ユネスコ(国連教育科学文化機関)世界遺産委員会は、日本政府がこれまでの決議や勧告を完全に実施していないことは「きわめて遺憾」(strongly regrets)であるとして、以下の5項目の内容を新たに決議した。

(1)各遺産が世界遺産としてふさわしい「顕著な普遍的価値」にどのように貢献しているのかを示すこと

(2)多くの朝鮮人などが意に反して連れてこられ過酷な条件で働かされた事実や日本政府の徴用政策が理解できる方策を講じること

(3)犠牲者を記憶するための適切な措置を説明戦略に組みいれること

(4)対象とする期間の内外を問わず「全体の歴史」を説明するにあたり優れた国際的な先例を参考にすること

(5)関係者間の継続的な対話を行うこと

 そして、以上について、2022年12月1日までに世界遺産センターへ実施状況を報告することを求めた。

 ユネスコは、国際連合とともに教育、科学、文化の側面から戦争を抑止するためにつくられた国際機関である。ユネスコ憲章の前文に「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」と掲げる。

 明治産業革命遺産は「西洋から非西洋国家に初めて産業化の伝播(でんば)が成功したことを示す」例として登録された。しかし明治期に「産業化」を果たした日本はその後朝鮮を植民地支配し、中国大陸を侵略し、太平洋戦争を経て敗戦に至る。

 その過程で起こったのが、朝鮮人、中国人、連合軍捕虜の戦時強制労働である。めざましい産業化とその後の「負の歴史」がともに記憶されなければ、ユネスコの掲げる理念から逸脱していると言わざるを得ない。

共同調査でも厳しい指摘

 勧告に先立つ6月、ユネスコとICOMOS(国際記念物遺跡会議)は、展示を行う産業遺産情報センターへの共同調査を実施した。

 その報告書は、産業遺産情報センターでは朝鮮人や連合軍捕虜など被害当事者の証言は展示されず、「朝鮮人差別や強制労働はなかった」と語る端島(軍艦島)元島民の証言だけが展示されていると指摘。さらに、文化遺産についての「解釈とプレゼンテーション」の基本原則を定義する2008年「文化遺産の解釈と提示に関するICOMOS憲章」を引用した。同憲章は「解釈は、遺跡の歴史的・文化的意義に貢献したすべてのグループを考慮に入れるべきである」としている。

 日本政府は1910年以降の「歴史」は登録の対象外であると主張するが、憲章に従えば、朝鮮人・中国人強制連行はもちろんのこと、長崎造船所などで多くの犠牲者を出した連合軍捕虜のことなど負の側面も含めた「全体の歴史」を説明しなければならない。同時に、「関係者」との対話の継続の指摘も重要である。

 加藤官房長官は、決議採択の動きに「これまでの世界遺産委員会における決議勧告を真摯に受け止め、わが国政府が約束した措置を含め、それらを誠実に履行してきた」「こうした日本の立場を踏まえて適切に対応する」と述べている。

 しかし今回の決議は、日本政府が決議や勧告を「誠実に履行」していないことを指摘し、韓国政府など「関係者」との対話の継続を改めて勧告したのである。

 今回のユネスコ決議を重要な手だてとして、政府による歴史改ざんを許さない闘いを前進させなければならない。

(強制動員真相究明ネットワーク・中田光信)



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