2021年08月13・20日 1686号

【シネマ観客席/パンケーキを毒見する/監督 内山雄人 企画・製作 河村光庸 104分/民主主義破壊の菅政治を徹底批判/衆院選の前に観るべき映画】

 政権批判の作品はナマモノである。時期を逸したら食えたもんじゃない(本紙の記事や論説も然り)。菅義偉首相の素顔に迫り、その政治手法を暴いた映画『パンケーキを毒見する』(7/30公開)は、衆院選を控えた今観てほしい“政治バラエティ”である。

五輪にぶつけて公開

 「大統領選挙に合わせて、マイケル・ムーアがトランプ批判の新作映画を公開」。こんなニュースを聞くたびに、「日本で同じことができないものか」と思っていた。本作品の仕掛人、河村光庸プロデューサーの問題意識もここにあった。

 映画『新聞記者』や『i−新聞記者ドキュメント』の製作を通して菅義偉という政治家(当時は官房長官)を見つめてきた彼は、昨年9月に菅政権が発足してすぐに映画づくりを決意した。菅が好感度演出に用いたパンケーキをタイトルに使うことも決めた。

 複数の映画監督に声をかけたが断られ、内山雄人監督の快諾を得たのが11月の終わり。ここから具体的な作業を始め、東京五輪真っ只中の劇場公開にこぎつけた。多くのテレビ番組を手掛け、「短期集中」の製作に慣れている監督ならではの“離れ業”といえる。

無力化する言葉

 河村プロデューサーは、本作品を「若者、無党派層に観てもらい、選挙に影響を与えたい」と語る。そのためには二つの課題があった。一つは菅政治の正体をわかりやすく伝えること。もう一つは、これほど反民主主義的な人物が権力の中枢に居座っている理由を観客に考えさせ、気づいてもらうことである。

 まず前者だが、映画では菅義偉の人物像や政治手法が様々な証言で語られる。菅に近い政治家や官僚には取材を拒否されたので、コメンテーターの顔ぶれには新味がない。エピソードも既出感が否めない。随所に挿入される風刺アニメは正直すべり気味であった。

 それでも、大学生対象の試写会では「とても見やすかった」「初めて政治をおもしろく考えることができた」といった感想が多く寄せられた。彼らが一番食いついたのは、菅の国会答弁のノーカット映像および上西充子・法政大学教授による解説だった。

 日本学術会議会員の任命拒否問題をめぐる国会審議の場面。菅は質問に答えず、同じ答弁をくりかえすだけ。ついには、秘書官がその場で書いた原稿を読み上げた。自分の言葉で答えられないのである。

 メディアはよく、国会論戦がかみ合わない原因として「野党のだらしなさ」をあげるが、実際はそうではない。首相をはじめとする政府の不誠実な答弁が国会を時間浪費の場にしてしまっていることがわかる。

 河村プロデューサーが言うように、菅政権の面々は「“言葉”をまやかしとなしくずしの道具としてフル活用」してきた。そうした「民主主義をも否定する恥ずべき“奇行”」の典型例を映画は提示した。それが編集済みのニュース映像しか見たことがない人には新鮮だったのだろう。

あきらめが元凶

 映画は、恫喝と懐柔による菅のメディア支配を多くの実例で明らかにしている。首相になるまで彼の実像が伝わらず、一時は高支持率を得ていたのは、権力に取り込まれたメディアの沈黙によるところが大きい。

 そして、菅のような政治家が権力の中枢に居座る根本的な理由として、市民の政治意識にメスを入れている。政治に対する無関心が、人びとに本来支持されるはずがない政策を進めてきた安倍・菅政権を支えていると言うのである。

 たしかにそうだ。映画では触れられていないが、先の東京都議会議員選挙の投票率は42・39%で、過去2番目に低かった。20代に至っては28%しかなかった。争点がなかったわけではない。都民の間では、コロナ禍、失業、東京五輪強行への不満が渦巻いていた。投票率が上がっていれば、自民党・公明党は大惨敗を喫していただろう。

 もっとも、「若者が選挙に行かないのは現実を知らないからだ」という展開には同意できない。彼らは選別と排除がまかり通る理不尽な社会の現実を身をもって知っている。知り抜いているからこその絶望であり、あきらめなのだ。

直球だから響く

 前述の上西教授は、政府はわざと政治不信を煽っていると指摘する。「かみ合わない答弁」にはそうした効果がある。「うんざりさせるというのが、ある種の手法になっている。国民がうんざりして政治に関心を失ってくれたほうが、つまり投票率が低いほうが、自分たちは安泰なんです」

 付け加えると、「若者は政治に関心がない」との固定観念に人びとが縛られることが政府にとっては最も望ましい状態である。どうせ興味を持たれないからと、誰も政治を語らなくなれば万々歳なのだ。

 試写会のアンケートに大学生のこんな意見が寄せられていた。「テレビではオブラートに包まれてしまう内容や言葉が、極めて直球で取り上げられており、そこがすばらしかった」。おそらくは、「言ってもいいんだ」という驚きを本作品に感じたのだろう。

 「選挙に影響を与える時期」に政権批判をぶちかますなんて、忖度メディアの常識にはない。「今の政治が悪い。政府を変えろ」という主張は、当たり前なのに誰も言わないことになっている。だからこそ、心に響くのである。

 実は、この映画の公式ツイッターアカウントが明確な理由もなく凍結される事件があった(現在は解除)。本作品の挑戦を政府が恐れていることの証しといえよう。テレビでオリパラ漬けは体に毒。それより、この映画を観てほしい。(O)



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