2021年11月05日 1697号

【新・哲学世間話(29) 田端信広 『アメリカのマルクス主義』と/自民 甘利発言】

 今年7月発行の『アメリカのマルクス主義』という本が、アマゾンで全米トップの売れ行きを続けているのを、新聞記事で知った。さっそく取り寄せてみた。

 著者はレーガン政権にも関わり、今も各種のメディアで活躍している名うての右派論客、マーク・レビンという男である。彼はこの本で、常識をはずれた、しかしある意味興味深い見方を展開している。一言で言えば、今アメリカで盛んになっている反人種差別運動、反ファシズム運動、社会的格差是正運動、これらはみなマルクスの思想に発しており、マルクス主義者の運動だと言うのである。その運動が、建国以来のアメリカの良き社会を破壊しようとしている、とする。

 著者によれば、かつては取るに足らなかったアメリカのマルクス主義は「今、現にここにあり、いたるところにあり、君も、君の子ども、君の孫も今やどっぷりマルクス主義に浸されているのだ」となる。

 そのことを立証するために彼は、反差別と社会的正義を求めるさまざまな運動と理論がマルクス主義に侵されていることを執拗に説く。たとえば、伝統的な反ファシズム運動である「アンティファAntifa」はマルクスの思想に立脚している。「BLMもマルクス主義者―無政府主義者の運動である」。アメリカで1970年頃に台頭した学問的な「批判的人種理論(CRT)」もまたそうだ、等々。

 右派論客のこの過剰な「危機扇動」はわれわれに何を示しているのか。

 それは、一つにはマルクスの思想、マルクス主義は今や「人類の知的遺産」となっていることであろう。差別と格差と抑圧に反対し、社会的正義を求めるあらゆる運動は、レビンが敵対的に示しているように、マルクスの名前と結びつけられている。マルクスの思想はそのように現代の運動のなかに生きている。

 もう一つ興味深いのは、右派のこの「危機扇動」の古臭い手法である。レビンはさまざまな運動に、「強面(こわもて)のする」マルクス主義というレッテルを貼りつけるだけで、その運動への読者の反感を組織できると信じている。彼は、マルクス主義の名で、自由の抑圧、官僚的独裁政治を連想させようとするのである。

 これは、自民党甘利幹事長が、「(今回の選挙は)共産主義との闘いである」と煽ったのとまったく同じこっけいな手法である。

(筆者は元大学教員)
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