2022年07月22日 1732号

【安倍元首相銃撃を政治利用/「遺志を継げ」と改憲勢力/「批判」のせいにして言論封殺】

 安倍晋三元首相が参院選の応援演説中に銃撃され、死亡した。人命を暴力で奪う凶行を非難し、民主主義や言論の自由の擁護を訴えるのは当然のことである。しかし、そこで思考停止してはいけない。なぜなら、元首相の死を改憲・軍拡推進に利用しようとする動きが始まっているからだ。

 殺人容疑で逮捕されたのは、41歳の無職男性。2002年から3年間、任期制の自衛官として海上自衛隊に在籍していた。捜査当局がネタ元と見られる報道によると、男は「殺害するつもりだった」と容疑を認めているという。

 その一方で「(安倍元首相の)政治信条には恨みはない」と説明。特定の宗教団体の名称を挙げて「母親が団体にのめり込んで破産した。安倍氏が団体を国内で広めたと思い込んで恨んでいた」(7/19毎日)とも話しているという。

 安倍元首相に近い外来の宗教団体とくれば、「反共主義」や「霊感商法」で有名な旧統一教会(世界平和統一家庭連合)のことである。一連の供述によれば、旧統一教会への怨恨が犯行の引き金になった可能性が高い。逆に、政治目的の暴力行使=テロと判断しうる証拠は出ていない。

 とはいえ、国政選挙のさなかに遊説中の有力政治家が殺害された凶行だけに、事件は否応なく政治性を帯びた。投票日の直前でもあり、有権者に心理的な影響を及ぼさなかったとは考えにくい(結果は自民単独で改選過半数を獲得)。理不尽な暴力が民主主義を歪めてしまったのだ。

 さらに、事件の影響は今回の選挙結果だけにとどまらず、歴史を暗転させるおそれがある。実際、安倍元首相を「極右のプリンス」として担ぎあげてきた勢力は、その死さえも利用し尽くそうとしている。

とびかうヘイトデマ

 事件が報じられた直後から、インターネット上では一方的な思い込みの書き込みやヘイトデマの拡散が相次いだ。「改憲阻止を狙う勢力が糸を引いていると考えるのが自然だろうよ。もっと限定して言えば、憲法9条改正して自衛隊明記することを阻止したい勢力だな。それを元自衛隊員を使って実行するところまでもパフォーマンスだろう」「安倍さん撃った犯人は中露に雇われたやつ・帰化人・在日」等々。

 また、ホリエモンこと堀江貴文のようなフォロワーの多い人物が「反省すべきはネット上に無数にいたアベガー達だよな。そいつらに犯人は洗脳されてたようなもんだ」とツイートした。要するに「なんでも安倍のせいにする連中」の言動に影響されての犯行だと言いたいのである。

 一部メディアは、こうした「ネットの暴走」をいさめるどころか、焚きつける記事を書き殴った。その典型例が「首相退任後も中傷続く」と題した読売新聞の記事(7/9)である。

 記事は「『安倍氏になら何を言ってもいい』という空気がエスカレートしていったことも考えられる。今回の事件がそれに起因しているとは思えないが、そういった風潮は反省すべきだ」という平沢勝栄衆院議員(自民党)のコメントを紹介。「先鋭化する批判」の例として「アベ政治を許さない」と書かれたプラカードを掲げたデモや、共産党の小池晃書記局長の国会質問などを列挙した。

 これが事件を利用した言論封殺、安倍政治批判の封じ込めでなくて何であろう。「読売」は9日付の社説で「自由な言論を暴力で封じようとする卑劣極まりない蛮行」を糾弾しているが、実は自分たちが民主主義の成立条件である「批判の自由」を抑圧しようとしているのである。

「憎悪」の中心人物

 「近年の治安情勢をみると、政治家に限らず、自分の意に沿わない者を短絡的に『排除』してしまおうとする犯罪が目立っている。そしてまた、それを助長し、可能にするような状況が社会に広がっている」

 これは「安全な国はどこへ」と題した日本経済新聞編集委員の署名コラム(7/9)である。一見もっともらしい主張だが、肝心なことを省いている。この国を覆う「不寛容」や「排除」の空気は自然発生的に広がったものではない。排外主義的ナショナリズムを扇動した軍拡路線や、弱者切り捨ての新自由主義経済政策を進めてきた政治がもたらしたものだ。

 安倍元首相はそうした戦争と新自由主義路線の中心人物であった。異論に不寛容で、批判を敵視する姿勢は安倍政治の大きな特徴である。歴史問題などで「嫌韓」「反中」感情を焚(た)きつけ、批判する市民には「こんな人たちに負けるわけにはいかない」との罵声を投げつけた。そんな人物がどうして「気配りの人」(7/9毎日)なのか。極端な印象操作というほかない。

岸田「思いを継ぐ」

 新聞やテレビの追悼報道は、「『強い日本』を牽引」「アベノミクスで景気拡大」(7/9産経)など、安倍元首相の「功績」を賞賛するものばかり。財界首脳も「国家のために尽くした尊い命が奪われたことに、深い憤りと悲しみを禁じ得ない」(三村明夫・日本商工会議所会頭)といったコメントを寄せた。

 こうした事件直後の刷り込みが“日本再生に尽力した英雄が志半ばで凶弾に倒れた”ならば、それに続くのが“思いを受け継ぎ憲法改正を急げ”であることはみえみえだ。事実、岸田文雄首相は7月11日、「安倍元総理の思いを受け継ぎ、憲法改正などに取り組む」と公言した。露骨な政治利用というほかない。

  *  *  *

 暴力に屈せず、民主主義や言論の自由を守り抜かねばならないのは当然ことだ。そのためには、人の命を粗末に扱う「大日本帝国型の精神文化」と決別しなければならない。憲法の平和主義を忌み嫌い「憎悪」を養分としてきた安倍政治を、市民の手で克服することが求められている。 (M)



 
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