2022年08月26日 1736号

【たんぽぽのように(25)/韓国政治と進歩政党運動/李真革】

 就任後まだ100日もたたない尹錫悦(ユンソンニョル)大統領の国政遂行支持率は下落し25%に過ぎないという世論調査結果が発表された。否定的な評価は約70%に達する。相次ぐ人事失敗、政策混沌、独断的な言行などは、多くの人びとに朴槿恵(パククネ)元大統領の弾劾を思い出させた。

 政治経歴がなかった前政権の検察総長が野党候補として大統領に当選し、就任3か月で弾劾が言及される状況は一般的ではないだろう。筆者は最近、「韓国政治のユニークさ」についての質問を多く受ける。この韓国政治の特徴を理解するために、1987年以降の韓国「進歩政党運動」の話が役に立たないかと思う。

 植民地支配、分断、戦争、そして長い軍事独裁を経ながらも抵抗を諦めなかった韓国民衆は、87年の憲法改正を通じて第6共和国を誕生させた。大統領選挙の直接投票も再開された。現第6共和国憲法は当時の与野党、現在の「国民の力」と「共に民主党」の前身が妥協して作った。87年6月の民主抗争に続いた7〜9月の「労働者大闘争」を担った労働者階級を含め、多様な民衆集団はこの過程に介入できなかった。年末の大統領選挙には、排除された彼らの声を結集し代弁しようとする「民衆候補」が出馬した。これが韓国進歩政党運動の出発点といえる。

 第6共和国を生んだ民主抗争の主役だったが、その政治秩序から排除された民衆を勢力化して、第6共和国の設計者であり管理者である保守政治勢力に対抗することが「進歩政治」の目標であり核心だった。

 90年代には市民社会運動と進歩政党運動が活発になったが、小選挙区制下の両党体制の前で進歩政党の立つ瀬はなかった。90年の民衆党、93年の進歩政治連合と民衆政治連合、97年の国民勝利21など、進歩政党創党の試みはすべて制度的障壁に阻まれた。日帝が作った治安維持法を引き継ぐ国家保安法の存在は、社会党や共産党のような「理念政党」建設を源泉封鎖した。いわゆる「民主政権」が何度かあっても、国家保安法は廃止どころかなお健在だ。

 しかし、民主主義の長い旅の中で進歩政党運動は止まらず、2022年の今も正義党、民衆党などが続く。選出された権力がきちんと働かないとき、批判をし、またその権力を変えるのが民主主義だとすれば、尹大統領に対する低い支持率は理解しにくいものではないかもしれない。(筆者は市民活動家、京都在住)
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