2022年09月02日 1737号

【NNNドキュメント'22/侵略リピート/制作・著作 山口放送 日本テレビ系/体験者は語る「戦争は人殺し」】

 ロシアによるウクライナ侵攻以降、「日本も攻められるのでは」という不安感から、軍備力の増強を容認する風潮が高まっている。だからこそ観てほしいドキュメンタリー作品がある。「NNNドキュメント」枠で8月14日に放送された『侵略リピート』(山口放送制作)がそれだ。

ロシアと重なる加害

 「あの戦争から77年が過ぎた今、武器を持たない多くの市民が犠牲になっています。くり返される侵略と支配。その記憶をたどります」(ナレーション)

 本作品は戦争体験者の心の奥底にこびりついた記憶を紡ぎ、戦争が民衆に何をもたらすのかを明らかにしていく。まずは「加害」の証言だ。現在、ウクライナ戦争におけるロシア軍の残虐行為が非難されているが、旧日本軍はそれ以上のことを中国や東南アジアの民衆に行っていた。

 今年101歳で亡くなった近藤一さん。中国の戦場で、無抵抗の中国人捕虜をその手で殺したことを終生悔やみ続けた。20メートル先に捕虜を立たせて並べ、三八式歩兵銃の試し撃ちをしたのである。「自分の親や子があんな目にあったらどう思うかと…。毎晩のように夢に出てくる」

 性暴力にも加わった。中国人女性を捕らえ、14人ほどの一個分隊全員でかわるがわる強姦した。部隊で輪姦した女性を裸のまま行軍に同行させたこともある。女性には乳飲み子がいたが、古参兵が奪い取り、谷底に投げ捨てたという。

 「ひどいことをするなと思ったが、号令がかかって部隊が出発すると、(その感情は)消えてしまう」と近藤さん。当時の日本兵は軍隊教育と戦場心理によって人間性を根こそぎ奪われていた。それが戦争であり、軍隊の本質なのだ。

 その後、近藤さんは沖縄戦線に送られ、地上戦の地獄を目撃した。「戦車が来る。若い兵隊が急造爆弾を抱えて飛び込む。10人が10人とも亡くなってしまう。これが沖縄戦の戦い」。そこまで語って泣き崩れる近藤さん。人間扱いされないのは兵隊も同じだった。


少年が見た植民地支配

 ウクライナの惨状に自らの経験を重ねる人がいる。「戦争をしたら庶民が一番苦しいですね。一人一人の心を微塵に砕いていく」。朝鮮半島北部の町で暮らしていた小林茂さん(87)はこう語る。侵攻してきたソ連兵に日本人女性が凌辱される場面を何度も目撃した。女性が拒めば、その場で射殺されたという。

 当時11歳の記憶は「被害」のものだけにとどまらない。日本の植民地支配の下で朝鮮人が「虫けらみたいな扱い」をされていたことを覚えている。敗戦で立場が逆転し、少年だった小林さんも現地の人びとから報復の暴力を受けた。

 頭には棒で叩かれ陥没した傷跡が残っている。それを示して小林さんは言う。「殴られて初めて、僕らは悪いことをしたんだという理解が生まれた」

 被害と加害が混然一体となってしまうのが戦争である。旧満州や朝鮮半島で暮らしていた日本人は引き揚げの際に過酷な体験をしている。しかし俯瞰で見れば、彼らは侵略者であり、支配する側にいた。侵略と植民地支配という国策がそうさせたのだ。

差し出された女性

 共同体の「盾」として弱い立場の女性が犠牲になった例もある。崩壊した「満州国」に取り残された黒川開拓団(岐阜県送出)は、現地民の襲撃やソ連兵の性暴力にさらされていた。そこで未婚の若い女性を「性接待」に差し出すことで抑えようとしたのである。

 当時17歳の綾子さん(仮名)は「性接待」を免れた。開拓団の幹部に「18歳」で線引きをすることを強く主張したのは当時23歳の姉・和子さんだった。日本への引き揚げ後、村人たちは事実を隠蔽したが、和子さんたちに心無い言葉を投げかける人もいた。

 晩年の姉が思いを綴っていた詩を綾子さんは切々と読みあげる。「次に生まれるその時は/平和の国に生まれたい/愛を育ていつくしみ/花咲く青春つづりたい」「思えば他国のその土地に/侵略したる開拓団/王道国土の夢を見て/過ごした日々が恥ずかしい」

民衆にとって無益

 伊原敏子さん(96)は敗戦時19歳。「マダム、ダバイ(女を寄こせ)」と迫るソ連兵のことが忘れられない。一方で、ソ連軍の医務隊員が日本人も朝鮮人も分け隔てなく治療する姿に驚いた。一緒に患者の治療に携わるようになった伊原さんは、帰国後、日ソ親善の活動に携わってきた。

 彼女は今、ウクライナで続く戦争に心を痛めている。「戦争とは何か」という問いかけへの答えはこうだ。「はっきり言えば、人殺しでしょ。人を尊びながら生きていくのが人間。それができないの、戦争では」

 あらゆる戦争は民衆にとって無益である。なぜなら、強制された殺し合いだから。これを断固拒否するのが戦後日本の立脚点である平和主義であったはずだ。ウクライナの事態を受け、不戦の思想がかつてなく軽んじられている今、体験者が語る戦争の実相と真摯に向き合う必要がある。



   *  *  *

 『侵略リピート』の制作局である山口放送は、これまでも優れたドキュメンタリー番組を世に送り出してきた。今回の作品でプロデューサー兼ディレクターを務めた佐々木聰(あきら)さんは、日本放送文化大賞でグランプリを3度受賞したドキュメンタリストである。そのうち前2作はアジア太平洋戦争をテーマにした作品だ。

 今回の作品で使われている証言の一部は山口放送の戦争体験談募集に応じた人のものである。視聴者との距離が近いローカル局の強みをいかした取材だ。人びとの記憶を掘り起こし、映像化して伝える―。テレビジャーナリズムのあるべき仕事といえよう。 (M)
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