2022年09月23日 1740号

【内閣の一存が「国の意思」と詐称/改憲の先取り「安倍国葬」/民主主義を葬るつもりか】

 岸田政権が強行しようとしている安倍晋三元首相の「国葬」には、民主主義の観点から重大な懸念がある。特定の政治家に対する政府の評価を人びとに押しつける国家儀式を、閣議決定という「内閣の一存」で行っていいわけない。日本国憲法の「主権在民」原則が問われている。

閉会中審査の茶番

 安倍元首相の「国葬」に関する衆参両院の閉会中審査が9月8日に行われた。岸田文雄首相は「私自身が出席し、丁寧な説明を尽くしたい」と意気込んでいたが、彼の言う「丁寧な説明」とは同じ内容をひたすらくり返すことだった。

 「国葬」を決めた理由や法的根拠については従来の説明をなぞるだけ。対象者の基準については「その都度、政府が総合的に判断するのがあるべき姿だ」と述べ、個別法の制定は不要だとの認識を示した。

 議事進行もでたらめだった。立憲民主党や共産党の質問者が旧統一教会と安倍元首相の関係を質すたびに、衆院議運委の山口俊一委員長(自民)が「議題と直接関係ない」と制止し、あげくのはては「議題に沿っての答弁で結構でございますから」と岸田首相に質問無視を促した。

 結局、議論は深まらず、時間をひたすら浪費するだけだった。はっきりしているのは、政府が「安倍国葬」の実施を人びとに納得させる材料を何一つ持ち合わせていないということだ。逃げの一手の首相に成り代わり、法的な面での問題点を整理してみよう。

内閣が主権者なのか

 政府は「安倍国葬」の実施を内閣府設置法を根拠として閣議決定した。だが、同法は内閣府の行う所掌事務を定めたものにすぎず、その「国の儀式」に「国葬」が含まれるという法的根拠はない。

 それでも松野博一官房長官は「国葬儀を含む国の儀式の執行は、行政権に属することが法律上明確だ」と主張する(7/22)。明確には述べていないものの、憲法65条の「行政権は、内閣に属する」が根拠だと言いたいのだろう。

 そんなバカな話はない。国政上の重要事項について、内閣の一存(閣議決定)だけで行政権を行使できるのなら、その国はもはや法治国家ではない。ほとんど独裁国家である。ま、それが安倍元首相が憲法「改正」で築きたかった「国のかたち」であるわけだが。

 そもそも「国葬」の定義は何か。内閣法制局の「憲法関係答弁例集」は、「国葬とは、国の意思により、国費をもって、国の事務として行う葬儀をいう」と、3つの要件を記している。では、何をもって「国の意思」と判断するのか。

 今回、岸田政権は閣議決定を「安倍国葬」の根拠にしている。つまり内閣の判断が「国の意思」であり、この国の主権者は内閣だと暗に述べているのである。「主権が国民に在する」ことを宣言した憲法無視もはなはだしい(これまた故人の常套手段であった)。

内閣法制局の変節

 「安倍国葬」に関する野党合同ヒアリング(8/18)の場でこんな一幕があった。「国の意思」に関して、橘幸信・衆院法制局長が「国権の最高機関」であり「全国民を代表」する国会が意思決定過程に関与することが求められるとの見解を示したところ、内閣法制局の担当者がとんでもない詭弁で返してきた。

 いわく「首相側から相談を受けたのは『国葬儀』の法的問題についてであり、答弁例集に書いてある『国葬』について議論したものではない」。政府が「国葬儀」という言葉をくり返し使っている理由がこれだとすれば、屁理屈ここに極まれりと言うほかない。

 1975年に佐藤栄作元首相が死去した際、当時の内閣法制局長官は「法制度がないのに国葬とするには、立法、行政、司法の三権の了承が必要」と三木武夫首相に進言した。これが「国葬」見送りの決め手となったという(9/8朝日)。

 その内閣法制局が今や政府の御用機関になり果てた。これもまた安倍元首相が人事権を悪用し、政府の勝手な憲法解釈を追認する人物を長官に起用したことがきっかけだった。そのような立憲主義の破壊者を「国葬」にして讃えるなんてどうかしている。法治国家・民主主義国家の葬式を出すつもりか、と言いたい。

大日本帝国の遺物

 戦前の「国葬」は、「国家に尽くした偉大な人物」を天皇の名の下に哀悼し、その「功績」を全国民で共有するための国家儀式であった。『国葬の成立』の著者である宮間純一・中央大教授は「国葬で評価される人物に対する反対意見・批判意見を抑圧する機能を備えていた」(9/8放送「報道特集」)と指摘する。

 戦後、日本国憲法の施行とともに「国葬令」は失効した。「主権在民」を掲げ、法の下の平等や思想及び信教の自由を保障した現憲法と「国葬」は相容れない制度だからである。新たな国葬法を作ろうとする動きもあったが、いつの間にか立ち消えになった。

 そうした「大日本帝国の遺物」(宮間教授)を、岸田政権は引っ張り出してきた。安倍元首相の突然の死を悼む感情を利用して「アベ政治」に対する批判を封殺し、故人の悲願であった憲法「改正」に突き進もうとしたのである。

 そのもくろみは現在のところ失敗している。安倍元首相は「統一教会汚染の元凶」として批判され、神格化どころかイメージダウン。「国葬」反対の世論は過半数を超え、強行すれば岸田政権の基盤がさらに揺らぐことは確実だ。

 それでも実施する意味があるとすれば、憲法や民主主義の手続きを無視した内閣の暴走を既成事実化し、世論に追認させることだろう。いわば憲法「改正」後の政治の先取りをしたいのだ。「安倍国葬」は改憲ロードの上にある。(M)



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