2024年01月19日 1805号【シネマ観客席／ヤジと民主主義 劇場拡大版／監督 山﨑裕侍 製作 ＨＢＣ北海道放送 ２０２３年 100分／声を上げることの大切さ】 |
２０１９年７月、参院選で街頭演説中の安倍晋三首相（当時）に対し、「安倍辞めろ」「増税反対」などと叫んだ人たちが警察によって排除される事件が起きた。公開中の映画『ヤジと民主主義 劇場拡大版』は、市民排除の背景に迫ったドキュメンタリーである。安倍批判で排除国政選挙で連勝中の安倍政権に野党共闘が挑んだ２０１９年７月の参院選。その選挙期間中に、警察による言論弾圧としか言いようがない事件が全国各地で起きていた。その典型が札幌市内で起きた「ヤジ排除」である。街頭演説中の安倍首相に抗議の意思表示をした市民が北海道警察によって強制排除されたのだ。一人は札幌市在住のソーシャルワーカー・大杉雅栄（まさえ）さん（当時31）。安倍政権が行った生活保護費の切り下げなどに疑問を感じていた彼は「安倍辞めろ」と声を上げた。次の瞬間、大杉さんは警備の私服警察官に取り囲まれ、約30ｍ後方に連れ去られた。 もう一人は大学生の桃井希生（きお）さん（当時23）。顔見知りの大杉さんが連行される場面を目撃し、「自分も続かなければ」と声を上げた。「増税反対。消費税増税反対です」。すると警察官が桃井さんの体をつかんで連行。彼女が聴衆エリアから離れた後も約１時間付きまとった。 年金制度改悪に抗議するプラカードを掲げようとして制止された人もいた。同じ現場で「安倍総理支持」のプラカードを掲げる人は大勢いたが、警察はそれらに見向きもせず、政権批判とみなした言説だけを排除したのである。まるで「アベ侮辱罪」という罪でもあるかのように…。 「迷惑」という縛り本作は「ヤジ排除」問題を４年に渡って取材してきた北海道放送（ＨＢＣ）によるドキュメンタリー映画である。事件を深掘りするきっかけは「なぜ２人を排除したのか。どういう法的根拠があったのか」という単純な疑問だったと、山﨑裕侍監督（ＨＢＣ報道部デスク）は語る。大杉さんを排除した警察官の一人は「選挙妨害になる」と口走った。ネットの反応をみても「演説を聞く権利の侵害だ」などとして、警察の行為を正当化する意見が多い。しかし、一個人が肉声でヤジった程度では公職選挙法上の演説妨害に該当しないことは各種の判例で明らかだ。 そこで北海道警は警察官職務執行法４条を持ち出してきた。トラブル発生の差し迫った危険があったので、大杉さんらを安全な場所に移動させたというのである。だが、ヤジに反発して暴力をふるう者がいたとすれば、その人物を制止するのが警察の任務のはずだが、道警は何もしていない。 大杉さんの腕をつかんだ者はたしかにいた。自民党の選挙スタッフだ。道警はこの場面を記録した映像資料を、暴行罪の時効成立を待ってから裁判所に証拠提出している。どう考えても後付けの理屈ではないか。 このように、警察は法的根拠がないことを承知の上で市民の権利を侵害していた。安倍政権への忖度、あるいは政権からの指示があったとしか思えない。 排除にあたった警察官は「周りの迷惑になる」という言葉を連発していた。日本社会の不文律とも言えるこの論理が公権力に利用される時、それは行動を抑圧する内面の支配となる。 「ヤジは迷惑」と思っている人にこそ本作を観てほしいと山崎監督。「僕らは自分でも気がつかないうちに異質なものを迷惑だと排除している気がする。ヤジ排除はテレビカメラの目の前で行われたが、それを許してしまう社会の息苦しさを感じてほしい」 女性や若者の共感小さいころから吃音があり、人間関係に悩んでいたという桃井さん。そんな彼女を変えたのは、ドキュメンタリー映画を通して出会った沖縄の基地問題や障がい者差別との闘いであった。「重い障がいを抱えている人が堂々と自分の権利を主張していたんです。言いたいことは言っていいんだと衝撃を受けました」不当な排除に桃井さんは泣き寝入りしなかった。警察に「表現の自由」を侵害されたとして、道警を所管する北海道を大杉さんとともに国家賠償訴訟で訴えたのだ。札幌地裁の判決は警察の行為を言論制限だと認定し、違法性を明確に指摘した。２人の勝訴だった。 ところが控訴審で札幌高裁は、桃井さんへの地裁判決は維持したものの、大杉さんに対する賠償命令は取り消した。大杉さんは上告（北海道も上告）。闘いの舞台は最高裁に移った。 山崎監督によると「これは私たちの物語だ」と感じる女性や若者の観客が多いと言う。それほど抑圧が強いわけだが、言いたいことも言えないようでは民主主義は機能しない。そう、声を上げていいのだ。（Ｏ）  |