2024年01月26日 1806号

【「中国への不正輸出」をでっち上げ/公安警察はなぜ暴走したのか/政権への迎合が生んだえん罪事件】

 「軍事転用可能な装置を中国に不正輸出した」として、中小企業の社長ら3人が逮捕・起訴された。後に警視庁公安部によるでっち上げと判明した「大川原化工機」冤罪事件である。公安警察や検察はなぜ暴走したのか。背景には安倍政権の経済安保政策がある。

捜査は違法と認定

 横浜市に本社がある大川原化工機。従業員90人ほどの中小企業だが、主力製品の噴霧乾燥機は国内シェアの7割を誇る。噴霧乾燥機とは液体を粉状に加工する機械のこと。乳酸菌などの一部の菌を生きたまま粉状にすることも可能で、粉ミルクや医薬品の製造などに利用されている。

 2020年3月、同社の社長ら幹部3人が外国為替及び貿易法違反の容疑で逮捕・起訴された。中国や韓国に輸出した噴霧乾燥機が「生物兵器の製造に転用可能な装置」と見なされ、不正輸出の疑いをかけられたのだ。3人は長期勾留され、うち1人は勾留中にがんを患い死亡した。

 2021年7月、事件は急展開する。初公判の直前になって「規制対象との立証が困難」として東京地検が起訴を取り消したのである。その後、社長らは国と東京都に損害賠償を求めて提訴した。捜査に関わった現職の公安警察官が「まあ、捏造ですね」と証言するなど、裁判は異例の展開をみせていった。

 そして2023年12月、東京地裁は国と東京都にあわせて約1億6千万円の賠償を命じた。判決は、警視庁公安部の逮捕は「根拠が欠如していた」と指摘、担当検察官についても「必要な捜査を尽くさずに勾留を請求、起訴した」として、いずれも違法とした。

 この判決を不服として国と東京都は東京高裁に控訴した(1/11)。会社側も控訴した。原告代理人の高田剛弁護士は「この事件は捜査のミスで起きたのではなく、故意に作り上げられたもの。そうした構造を踏まえた事実認定を控訴審ではしてほしい」と話す。

背景に経済安保

 事件はいかにしてでっち上げられたのか。担当部署は警視庁公安部外事一課の第五係。係長の宮園勇人警部(肩書は当時)は「海外の“あるべきではないところ”で噴霧乾燥機が見つかった」と触れ込み、2017年春に捜査チームを結成した。この話は後に宮園警部の作り話だったことが判明した。

 ある警察関係者はNHKの取材に対し、次のような内部事情を打ち明けている。「不正輸出を専門とする第五係は近年目立った成果が上げられていない。第五係幹部は『このままでは人員を減らされ縮小させられる』と言っていた。無理筋だと思うところもあったが、組織内の筋を通して『これをやれ』と言われれば従わざるを得ない」

 大川原化工機の噴霧乾燥機は生物兵器の製造に使えるような性能を有しておらず、意見を求められた防衛医科大学の教授も「当該機械では不可能」と証言していた。それでも第五係は逮捕まで突っ走った。公安上層部が、中国への不正輸出を摘発という「成果」を欲しがったからだ。

 ある公安関係者はジャーナリストの青木理にこう解説した。「背景にはNSS(国家安全保障局)に経済班が新設されたことも横たわっていて、それに合わせて公安部は大川原化工機の強制捜査に乗り出した。多少無茶でも外事部門の存在感をアピールし、同時に中国などへの戦略物資輸出に警鐘を鳴らす思惑もあったのでしょう」

 当時、安倍政権は米国の「中国封じ込め」戦略に呼応し、経済安全保障政策の強化を叫んでいた。大川原化工機の一件は、経済安保政策を正当化する格好の材料と見なされ、政治案件化していった。要は「安倍忖度」の一種というわけだ。

 検察内部にも同様の空気があった。担当の塚部貴子検事が次のような発言をしていたと警察関係者は証言する。「韓国や中国でネタを上げれば喜ぶ政治家もいる。地検の評価も上がる。これがアメリカへの輸出だったらこうはならない」(ETV特集『続報“冤罪”の深層』・12/23放送)

警察も検察も謝罪せず

 警察組織は事件の摘発を国の経済安保政策に寄与したと高く評価した。警察庁は2021年版の警察白書で不正輸出摘発の事例として紹介。外事一課は組織として警察庁長官賞と警視総監賞を受賞し、でっち上げの首謀者である宮園警部は警視に昇格した。

 そして違法捜査の司法判断を不服として控訴。警察も検察も、現在に至るまで大川原化工機側に何の謝罪もしていない。政権中枢を公安警察出身者で固めた第二次安倍政権以来、この国は人権無視の警察国家になりはてた。その暴走を許さぬためにも、冤罪の真相・背景を明らかにすることが求められている。 (M)

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