2025年05月30日 1872号
【韓国フェミニズム小説から考える/ジェンダー平等を求める女性たち/「無数の卵」が岩を動かした】
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民主主義を破壊する「非常戒厳」策動を阻止し、尹錫悦大統領の罷免を勝ち取った韓国市民。「光の革命」と呼ばれる民衆運動をリードしたのは20代30代の女性たちだった。彼女たちを突き動かしたものは何だったのか。韓国のフェミニズム小説から考えてみたい。
キム・ジヨンの反響
韓国のフェミニズム小説が日本で幅広く読まれるようになったきっかけは、チョ・ナムジュ著『82年生まれ、キム・ジヨン』(ちくま文庫)の出版(2018年12月)である。韓国では2016年秋に上梓され、社会現象というべき反響を巻き起こしていた。
『キム・ジヨン』は女性の生き方を真正面からテーマにした小説である。日本語版翻訳者の斎藤真理子は「社会に存在するジェンダー不平等を可視化させるという明確な目的を持った、コンセプチュアルな小説」と評している(斎藤著『韓国文学の中心にあるもの』/イースト・プレス)。
読者は「普通の」韓国女性である主人公に自分を投影することを通して、人生の中で感じてきた「生きづらさ」の理由が個人を超えたところにあることに気づいていく。「今まで、うまくいかないのは自分の性格や努力不足のせいだと思ってきたけれど、『キム・ジヨン』を読んで、社会の側に原因があるとわかった」というわけだ。
『キム・ジヨン』は「社会構造が差別を作り出している。自分はその構造によって規制を受けている当事者だ」という気づきを読者にもたらした。2018年からの#MeToo運動など、ジェンダー平等に貫かれた社会の実現を求める運動の高揚を準備したと言える。
半歩でも前へ
『キム・ジヨン』に続いてチョ・ナムジュが2018年に発表した短編集が『彼女の名前は』(ちくま文庫)である。暮らしの中で感じる不条理に声を上げ、闘う女性たちの姿を28編の物語として描いている。
チョ・ナムジュはもともと放送作家で、社会派の報道番組『PD手帳』などを担当していた。その取材力が本作では発揮されている。作中の女性には実在のモデルがいるのだが、あえて小説にして日常生活の細部まで描き込んだ。
収録された作品群について、チョ・ナムジュはこう語っている。「キム・ジヨンは自分で声を上げない。あの本が出てから、自分も、社会も認識しているだけではだめだと感じた。半歩でも前に進もうと、そのためにこの本を書いた」と。
冒頭の『二番目の人』は、職場の上司からのセクハラと闘うソジンの物語。被害を訴えても会社は相手にせず、数々の嫌がらせでソジンは心を病む。それでも裁判闘争に踏み切ったのは、彼女の前にセクハラを受け退社した先輩社員の存在があったからだ。「もちろんソジンは彼女を恨んではいない。だが、だまってやり過ごす二番目の人にはなりたくなかった」
印象に残るエピソードを挙げると、同僚の雇止めに怒りの声を上げ、直接雇用を勝ち取った国会の清掃職員の話(『20年つとめました』)、正規雇用を求めてストライキ中の学校給食調理員とその娘の話(『調理師のお弁当』)、不当解雇撤回闘争を続ける高速鉄道乗務員の思いを綴った『もう一度かがやく私たち』などがある。
声を上げたのは労働現場の女性たちだけではない。『ばあちゃんの誓い』は高高度迎撃ミサイル(THAAD)の配備に反対する野菜農家の物語だ。71歳になるソンミは決心を固めている。「孫たちがこれから生きていかなければならないこの地に、THAADを残すわけにはいかない」
朴槿恵(パククネ)大統領(当時)の退陣を求めるキャンドル集会に初参加した女子高生の話である『浪人の弁』、そして「少女時代」の同名曲が初めて闘いの現場で歌われたことで有名な梨花(イファ)女子大の座り込み闘争を描いた『また巡り逢えた世界』は、尹錫悦(ユンソンニョル)弾劾運動に直接つながる作品だ。
日本でも続きたい
ジェンダー平等を求める運動が様々な前進を勝ち取る一方、バックラッシュの動きも激化している。主に極右勢力が「逆差別」批判を掲げ、相対的剥奪感を抱く若年男性の支持を取りつけている。前回の大統領選では尹錫悦陣営が反フェミニズム感情を味方に付け、僅差で当選を果たした。
「卵で岩を打つ」ということわざが韓国にはある。絶対に不可能で無謀なことを例えた表現だ。これに対し、「卵で岩は割れなくても汚すことはできる」という反論があり、「私はとても好きです」とチョ・ナムジュは言う。
「社会は変えられる」と信じ、無数の卵を投げつけた韓国女性の闘いは巨大な岩を確実に動かしている。この闘いに連帯し、日本でも続きたい。 (M)
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