2025年06月13日 1874号

【日米両国で「学問の自由」攻撃/学術研究を政府の意のままに/利用される「反エリート」感情】

 米国のトランプ大統領が大学への攻撃を強めている。ハーバード大学などのエリート大学は「急進左派の牙城」であり、「反ユダヤ主義」を助長してきたというのだ。教育・研究機関を政府の意のままに従わせようとする動きは日本でも起きている。その狙いは。

トランプの大学叩き

 発端はイスラエルによるガザ攻撃に対し、各地の大学で抗議活動が行われたことだ。一連の行動を「反ユダヤ主義にもとづく反米的な活動」とみなしたトランプ政権は、対策を講じなければ強制措置を取ると各大学に通告。実際に助成金の打ち切りや政府契約の凍結などを強行した。

 助成金4億ドル(約600億円)の停止を通告されたコロンビア大学は、資金不足により研究者約180人の解雇に追い込まれたあげく、パレスチナを含む中東研究のカリキュラム見直しや抗議活動の取り締まり強化を約束した。政権への全面屈服である。

 一方、ハーバード大学との対立は続いている。トランプ政権は補助金の継続条件として、大学側に▽「反ユダヤ主義」を防ぐための組織監査▽親パレスチナの学生団体の承認取り消し▽DEI(多様性、公平性、包摂性)施策の中止―などを要求。同大がこれを拒否すると、助成金の一部凍結(22億ドル/約3200億円)に踏み切った。

 さらに、留学生の受け入れ資格も停止した。ハーバード大は新たな留学生を受け入れられなくなり、在学中の外国人学生や研究者も引き続きの在籍が不可能になる。留学生という大学の収入減を断ち、揺さぶりをかけているのである。

 ハーバード攻撃だけではない。トランプ政権は米国へ留学を希望する学生のビザについて、審査に必要な面接の受付を一時停止した。留学生のSNS調査(投稿内容の把握)を強化するための準備と見られる。

 露骨な思想統制というほかない。トランプ政権に批判的な意見を持つ者は米国の教育・研究機関から排除するというわけだ。

特権剥奪にすり替え

 トランプ政権はなぜ、大学への圧力を強めるのか。米紙ニューヨーク・タイムズは「政権が大学に向ける敵意の根源に、長年にわたって、保守派が高等教育機関のエリート層に抱いてきた不信感がある」と指摘する。大学が「急進左派」勢力の牙城になっている、というやつだ。

 トランプの岩盤支持層である保守派は、社会的正義の実現を掲げ人種・性差別の撤廃を求める運動を「伝統文化の破壊」とみなし忌み嫌っている。「ハーバードは『意識の高い』急進左派の愚か者や能なしばかりを雇ってきた」というトランプ発言は支持者へのアピールにほかならない。

 大学攻撃を正当化するために「既得権益の剥奪(はくだつ)」も強調している。ハーバード大学への助成金を米国内の職業訓練校や州立学校に振り向ける可能性をトランプが示唆したことがこれにあたる。レビット報道官はテレビ番組に出演し、「ハーバード大学でLGBTQを学んだ人より、電気技師や配管工などの人材がもっと必要だ」と発言した。

 産業空洞化にあえぐ製造業の労働者など「経済的繁栄から取り残された者」の反エリート感情をトランプ政権が味方につけようとしていることがよくわかる。世論の支持を背景に大学当局を屈服させ、政権に都合のいい教育・研究だけを行う御用機関に作り変えようとしているのだ。

学術会議解体法案

 「学問の自由」に対する攻撃は日本でも起きている。日本学術会議のあり方を大きく変える動きだ(法案は衆院を通過し、参院で審議中)。その狙いは学術会議から独立性を奪い、時の政権の意に沿う別組織に変質させることにある。

 事実、衆院での審議では、新たに設けられる会員の解任規定をめぐり、坂井学・内閣府特命担当相が「特定のイデオロギーや党派的主張を繰り返す会員は解任できる」と答弁した。軍事目的のための科学研究に反対するような学者は要らない、ということだ。

 残念ながら、この学術会議解体法案に世論が関心を寄せているとは言い難い。バラエティ番組への出演で知名度が高い池田清彦・早稲田大学名誉教授が「学問の自由を抑圧する国は滅びの道を転がる」とXに投稿したところ、「“予算は欲しいけど口は出すな”は認められない」といった批判のコメントが殺到した。

 戦前の日本で「天皇機関説」や実証的な古代史研究が排撃されたように、政府による「学問の自由」の弾圧、すなわち学術研究の国家統制は戦争に向かう体制づくりの一環にほかならない。「エリート批判」や「既得権益剥奪」の言説は、そうした狙いを覆い隠すためのものだ。ごまかされてはならない。   (M)

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