2025年07月04日 1877号

【読書室/ポピュリズムの仕掛人 SNSで選挙はどのように操られているか/ジュリア―ノ・ダ・エンポリ著 林昌宏訳 白水社 2200円(税込2420円)/ネットの仕組みを悪用する者たち/「変えたい思い」をデマで糾合】

 SNSの活用に長けた者が選挙戦を制する時代になった。デマや陰謀論がSNSや動画サイトで大量に拡散され、有権者の投票行動に大きな影響を与える事態が世界中で起きている。その背景には、インターネットの仕組みを熟知した者による緻密な工作がある。

真偽はどうでもよい

 『ポピュリズムの仕掛人/SNSで選挙はどのように操られているか』は、イタリアの政治学者による著作だ。今日のポピュリズム政治家の選挙戦略、すなわちSNSを駆使した支持調達の手口を様々な事例を元に解き明かしている。

 政治家の背後にはSNSの特性をよく知ったマーケティングの専門家がいる。トランプ米大統領の選挙キャンペーン本部長だったスティーブ・バノン、イタリア「五つ星運動」創設者の一人ジャンロベルト・カサレッジオなどがそうだ。

 フェイスブックなどSNSの本質は広告プラットフォームだ。広告収入で儲けるためには、利用者が長時間かつ頻繁に自社サービスを利用するよう仕向けねばならない。その秘訣は怒り、不安、恐怖を感じさせること。それがクリックの原動力になるという。

 事実、世界最大の動画投稿サイトであるユーチューブのアルゴリズム(利用者に表示されるコンテンツの順番や内容を決定する仕組み)は、視聴者を極端な内容の動画に向かわせることによって、視聴者をユーチューブに釘付けにするよう設計されている。

 この性質を利用し、ポピュリズムの仕掛人はSNS上に「憤り、恐怖、偏見、侮辱、人種差別や性差別を助長する言説」をばら撒く。それらは「古臭い政治家たちによる退屈な討論よりも、はるかに多くの耳目を集める」からだ。

 連中は負の感情をエネルギー源にしている。それを刺激するのであれば情報の真偽はどうでもいい。重要なのは、大衆の感情を激しくかきたてる「熱い話題」を常に提供することだ。トランプやNHK党党首の立花孝志の言動を想起すれば分かるはずだ。

大衆対エリート

 従来の政治運動は人びとを団結させるメッセージを作り出すことに重きを置いてきた。SNS時代のポピュリスト運動は違う。「できるだけ多くの小さな集団の情念を煽り、彼らの気づかないところでそれらを足し合わせようと画策する」。つまり、多数派を中道ではなく極端に収斂(しゅうれん)させる、というわけだ。

 ポピュリズムの仕掛人には共通の手口がある。矛盾点を気にすることなく各人の怒りを醸成し、「大衆対エリート」という単純な図式に落とし込む手法だ。EU(欧州連合)離脱運動がそうだった。仕掛人の一人はその戦略を“人びとが苛立つ原因を突き止め、それはEUを牛耳るエリート政治家のせいだと説き、離脱に賛成票を投じるように促す”と要約する。

 注意してほしいのは、大衆のエリート批判には根拠があるということだ。人びとが従来の政治権力者を懲らしめたいと願うのは「エリートたちによって急激に推進されてきたイノベーションとグローバリゼーションの過程で、割を食わされたと感じているから」にほかならない。

 こうした「確固たる現実の要請」がトランプ的なデマゴギー政治家の養分となっている。彼らの主張が現実世界に根拠を持たない全くの妄想だったなら、広範な支持を得ることはなかっただろう。

政治参加の高揚感

 新たなポピュリスト運動は「自分たちの支持者に参加の機会を提供する」ことにおいて「代議制民主主義をすでに凌駕(りょうが)している」と著者は言う。英国のEU離脱運動のスローガン「支配権を取り戻せ」は、すべてのナショナリズム型ポピュリスト運動の基本だ。

 既存の政治権力に無視されている人びとにとって、ポピュリスト運動への参加は主体者として「祭り」に加わるような満足感(ときには喜びさえも)をもたらす効果がある。昨年の兵庫県知事選がそうだった。斎藤(元彦)支持者は、既得権益層やその代弁者たるマスメディアの鼻を明かす快感に酔っていた。

 なお、祭りが最高潮であるときに「水を差すような真似をすることほど損な役回りはない」。情報の誤りを正したり、正論を述べても反感を買うだけだ。マイロ・ヤノプルス(英国の右派ブロガー)は次のように挑発する。「だから左派の連中は不幸なのだ。連中には喜劇や祭りを楽しむ素養がまったくない」

 腹立たしいが認めざるを得ない。いくら世論誘導に効果的でも、右派ポピュリストの手口を真似するわけにはいかない。デマや陰謀論、差別煽動の言説をまき散らすことはできないし、してはならない。

 連中の攻勢に対抗する唯一の方法は「明るい未来を描き出し、恐怖を願望に置き換え、後ろ向きではなく前向きな物語を語ること」であろう。それがどれほど困難で、時間がかかる方法であっても、だ。

危うい日本の現状

 最後に日本の現状を確認しておきたい。読売新聞が日米韓3か国を対象に行ったアンケート調査(23年12月実施)によると、米韓に比べ、日本は情報の事実確認をしない人が多く、インターネットの仕組みに関する知識も乏しいという。

 情報に接した際、「情報源を調べる」と回答した人は米国73%、韓国57%に対し、日本は41%だった。正確さよりも関心を集めることを重視するネットの仕組みに関する理解でも、日本は3か国中最低だった。そして実際に偽情報を見抜けるかどうかをテストしたところ、「誤り」と判断できた割合は米国40%、韓国33%、日本27%であった。

 このように私たちはだまされやすい。ポピュリズムの仕掛人たちはそこに付け込んでくる。   (M)



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