2025年11月28日 1897号

【シネマ観客席/ネタニヤフ調書 汚職と戦争/監督・製作 アレクシス・ブルーム 2024年 イスラエル 米国 115分/ガザ侵攻の背景に政権の延命】

 イスラエルのネタニヤフ首相の汚職疑惑を追及し、同国で上映禁止となったドキュメンタリー映画『ネタニヤフ調書 汚職と戦争』が公開中である。パレスチナ自治区ガザに対する軍事攻撃が止まらないのはどうしてなのか。本作は「ある理由」を示している。

首相は刑事被告人

 ベンヤミン・ネタニヤフ(1949年10月生まれ)はイスラエルの首相であり、右翼政党リクードの党首。首相としての通算在任期間約17年(現時点)は歴代最長だ。対パレスチナ強硬派で、「パレスチナ国など存在しない」と公言する。

 2023年10月以降のガザ侵攻で国際的な非難を浴び、戦争犯罪と人道に対する罪で国際刑事裁判所の逮捕状が出ている。イスラエルの検察当局に収賄や詐欺などで起訴された刑事被告人でもあり、その裁判は現在も続いている。

 本作は「汚職まみれの戦争犯罪人」であるネタニヤフの実像に迫ったドキュメンタリー映画である。

メディア支配の意図

 ネタニヤフが首相執務室で捜査当局の取り調べを受ける場面から映画は始まる。再現フィルムではない。製作チームに持ち込まれた本物かつ未公開の警察尋問映像だ。ネタニヤフは記録用のカメラを意識し、堂々と振舞おうとしている。

 だが、動かぬ証拠を突きつけられると動揺を隠せなくなった。机をバンバン叩き、大声を出し、あげくのはては「記憶にない」を連発する。映画には妻のサラや長男ヤイルの取り調べ映像も出てくるのだが、これがまたひどい。サラは女王気取りだし、ヤイルは陰謀論者のネトウヨだ。

 汚職の発端はネタニヤフ一家の欲望を満たすためのものだった。大富豪の実業家に便宜を図る見返りに、高級葉巻やシャンパン、妻へのプレゼントをおねだりしたのだ。これに味を占めたネタニヤフは、より悪質な汚職に手を染めていく。

 たとえば、資金繰りに苦しむ大手通信企業に救済の手を差し伸べるのと引き換えに、同社のオーナーが所有するニュースサイトの報道内容や人事に介入し始めた。自分に都合のいい報道をさせ、ネット世論を味方につけるためだ。

 ネタニヤフの暴走は汚職事件で起訴(2019年11月)されて以降、加速していく。「司法制度改革」と称して、立法行為と行政措置に対する司法のチェック機能を弱めたり、政府・与党に近い人物を裁判官に任命するための法改正に乗り出したのだ。これには「民主主義を壊すな」という怒りの世論が沸騰し、十数万人規模のデモが全国各地でくり広げられた。

極右と手を結ぶ

 汚職事件で求心力を失い、右派議員からも忌避されるようになったネタニヤフは、延命のために極右と手を結んだ。ユダヤ人至上主義を掲げる極右政党「宗教シオニズム」や「ユダヤの力」と連立政権を組んだのだ。

 「政治とカネ」の問題で信頼を失った政権与党が極右政党を抱きこんで多数派を維持する―。まるで、どこかの国で最近あったような話ではないか。余談になるが、「ユダヤの力」党首で現財務大臣のスモトリッチの演説口調や仕草は参政党代表の神谷宗幣とよく似ている(神谷のほうが寄せたのかもしれない)。

 政権を失えば身の破滅に直結するネタニヤフは、極右をつなぎとめるために、連中が求めるヨルダン川西岸地区の併合に向けた入植政策の推進に舵を切る。イスラム組織ハマスの奇襲攻撃も、彼にとっては汚職事件の裁判を延期するための格好の口実となった。

 「10月7日の大惨事のあと、戦争も権力維持の道具になった」「戦争と情勢不安でネタニヤフは生き延び、終わらない戦争が彼の利益になる」。映画ではネタニヤフをよく知る人物(元首相や元防諜機関長官、選挙参謀だった側近)がインタビューに応じ、停戦が実現しない理由をこう語る。

 ネタニヤフの依頼により、カタール政府がハマスに支援金を送っていたという証言も出てくる。パレスチナ自治政府とハマスが対立する構図を維持するためだ。ネタニヤフが好んで引用する映画『ゴッドファーザー』の有名なセリフ、「友は近くに置け、敵はもっと近くに置け」とは、こういうことなのだろう。

日本の今と似ている

 本作の製作総指揮を務めたアレックス・ギブニーはこう語る。「ネタニヤフには人質の奪還や停戦交渉するチャンスがいくらでもあったのに、やろうともしなかった。権力を守ることが何より大事で、それを人命より優先させた。権力を守るために、人権にまるで関心のない極右勢力とまで手を結んだ」

 「この映画が描いたのは権威主義者のマニュアルなんだ。政治的野望のためにいかにしてメディアを自分の思いどおりに操るのか。いかにして裁判所を弱体化して法の支配を破壊するか。そして、いかにして暴力を使うか。いかにして反対勢力を黙らせるか」

 ギブニーは観客に最も伝えたいこととして「小さな腐敗の兆候を軽視しないこと。真実を軽んじて民族的自尊心に訴える人間に警戒すること」を強調する。高市政権が好戦的姿勢と外国人敵視で支持者にアピールしている今の日本にぴったりの警鐘といえる。

   *  *  *

 トランプ米大統領はネタニヤフに恩赦を与えることを求める書簡をイスラエル大統領に送った。「決断力を持つ非常に優れた戦時首相」に対する「政治的で不当な訴追」は看過できないと言うのである。

 民主主義をどこまで愚弄すれば気が済むのか。ネタニヤフには裁きを受けさせねばならない。汚職事件はもちろん、戦争犯罪もだ。そうした世論を喚起するためにも、本作は多くの人にみてもらいたい。 (O)



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