2026年01月16日 1903号
【DSA〈アメリカ民主主義的社会主義者〉ニックのアメリカレポート(第14回)/真にインクルーシブな教育ヘ/"変革は運動で"
改めて確信】
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米国北西部にあるワシントン大学の特別支援教育の大学院プログラムで最初の学期を終えました。
2年間のプログラムのうち最初の2か月半はあっという間に過ぎました。地元の公立学校で教員補佐として働きながら、夜間の授業を両立させることに不安を感じていましたが、思いのほかうまくこなすことができて、自分でも驚いています。学期末には、DSAの活動にも参加できるようになりました(ごく限られた範囲ではありますが)。
まだ不十分な環境
最初の学期は、主に「インクルーシブ教育」と呼ばれる教育の理論と枠組みの基礎を築くことに重点を置きました。インクルーシブとは「包括的に」という意味の言葉で、「インクルーシブ教育」とは、障害の有無、人種、性別などの違いにかかわらず、すべての子どもが分けへだてなく学べる教育を指します。
インクルーシブ教育という目標は、米国をはじめ世界の多くの国々で教育制度を特徴づけてきた、分離と排除の歴史、そして現在も続く慣行とは対照的なものです。米国の歴史の大部分で、非白人の子ども、女子、障害のある子どもは教育を受ける機会を奪われたり、同年代の子どもたちから隔離されたりしてきました。
1970年代まで、国内のほとんどの障害のある子どもたちは公立学校への入学を拒否されるか、隔離された施設に収容され、正式な教育を受けることができませんでした。75年に、すべての障害のある生徒に無料で適切な教育を保障する国の法律が制定された後、公立学校はこれまで教育を受ける機会を奪われてきた子どもたちに教育サービスを提供することが義務付けられるようになりました。
障害者の権利を求める活動家の働きかけにより、学校をよりインクルーシブなものにするための多くの措置が講じられてきましたが、障害のある子どもたちへの支援は依然として不十分です。現在、アメリカのほとんどの公立学校で行われている特別支援教育は、一般教育の教室とは別の場所で、少人数制または個別指導の形で提供されています。
私が働く職場でかかわっている子どもたちのように、最も大きな支援を必要とする多くの生徒は、一般教育のクラスメートとは別の専門教室で1日のほとんどを過ごしています。活動家たちは、すべての生徒が同じ環境で学び、すべての生徒のニーズに対応できるように指導が設計される、よりインクルーシブな教育モデルを推進してきました。私のプログラムは、将来の教師たちが、まさにこの目標を自らのもととすることを目指しています。
政治的闘いが必要
すべての人々のニーズが満たされる社会を築くためには、インクルーシブ教育システムへの移行が不可欠です。社会主義者である私にとって、インクルーシブ教育について学ぶことは非常に意義深いものです。
しかし同時に、大学院での授業に欠けていると感じる部分も多いです。能力に基づく差別や資本主義の下で非生産的とみなされるいわゆる「余剰人口」に対するサービス不足の根底にあるのは、経済システムです。その資本主義自体には批判的な視点から十分に考察していません。また、支配階級による公立学校への資金不足の継続や、極右勢力が教育制度全体の解体をもくろむ動きが加速する中、これに対抗するための運動については学んでいません。
真にインクルーシブな教育制度を実現するには、少人数制のクラス、より多くの教師や支援スタッフ、そして子どもたちの多様なニーズを支えるためのより多くの資源が必要です。これらすべてには多額の資金が必要であり、それは政治的な闘いを通してのみ勝ち取ることができます。
大学院で、再び学生として学ぶ時間は大変充実していますが、必要な変化は教室で勝ち取れるものではなく、大衆運動を立ち上げる必要があるという私の信念は強まるばかりです。
DSAワシントン州スノホミッシュ支部のニック・ワトキンスさんは、公立学校教員補佐として働きながら9月から大学院に通学中。

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