2026年01月30日 1905号
【哲学世間話(49)/田端信広/「力による支配」は正当化できない】
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あらゆる「法」を無視した、トランプのベネズエラ侵略に世界が怒っている。
自分が欲しい資源や領土は、これを公然と武力で強奪する。これは、一昔前の野蛮な「帝国主義」的侵略行為そのものであり、人間の世界を、「弱肉強食」のジャングルに変えようとする蛮行である。
新自由主義の黒幕にして悪質な政商、竹中平蔵は11日午後のテレビ番組で、この侵略を米国の「力による支配」が前面化した「帝国主義の復活」だと評したうえで、トランプの攻撃を「支持する」と断言した。
竹中は、世界の現実は変わっており、ごく少数の「帝国」を除き「他の主権国家だと思っていた国には本当はそんなに主権がない」と言い放ち、それらの国は帝国に「従属するか、緩衝帯になる」しかないのだから、トランプの行動は「当たり前に見える」と放言する。
これが、論理もへったくれもなく、真理を曲げ権力にへつらう、ただただ「起こった現実」を正当化する「曲学阿世(きょくがくあせい)の徒」のなれの果てである。
このような「力による支配の正当化」を聞かされると、どうしてもニーチェに触れざるをえない。19世紀ドイツの非合理主義的哲学者ニーチェは、あらゆるものの本質は「力への意志」にあるとした。彼によれば、人間も含めありとあらゆるものは「より大きな力」を求めるのが本質である。この場合、「力」の「質」は問われない。ただ「量」だけが問題なのである。
この理論では、「大きな力」をもった強者が「より大きな力」を獲得するために、「小さな力」しか持たない弱者を打ち負かし、支配するのは理の当然、いやそれこそ「正義」となる。竹中流に言えば「当たり前のこと」なのである。
ニーチェはこのように「弱肉強食」の論理を正当化した。そして、トランプはそれを世界政治の舞台で実行に移したのである。
最後に付け加えておけば、「法」は単なる「決まり」や「約束事」ではない。国際法、国内法を問わず、「法」にはそれぞれの時代や場所で人類が闘い取ってきた人間の権利が凝縮して表現されている側面がある。だから、ドイツ語の「法(Recht)」は同時に「権利」を意味するのである。
「国際法など問題ではない」とうそぶく「無法者」トランプは、まさしく人類の遺産の敵なのである。
(筆者は元大学教員) |
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